本多 長教 (ほんだ ながのり)は、江戸時代中期の福井藩家老。通称は大蔵。越前府中本多家(本多内蔵助家)4代当主。

 
本多長教
時代 江戸時代中期
生誕 元禄3年(1690年
死没 享保13年8月27日1728年9月30日
改名 浅次郎(幼名)→長教
別名 通称:大蔵
主君 松平吉邦
越前福井藩
氏族 越前松平家支流福井松平家越前府中本多家(本多内蔵助家)
父母 父:松平綱昌、養父:本多長員
兄弟 長教烏丸光栄正室
養兄弟:長三郎誠照寺岩倉恒具
正室:葉室頼敦
副紹
テンプレートを表示

略歴編集

元禄3年(1690年)、福井藩6代藩主・松平綱昌の長男として江戸にて誕生。幼名は浅次郎。

父・綱昌は貞享3年(1686年)に乱心を理由に改易となり、蟄居の身であった。元禄12年(1699年)、藩主松平吉品の命で福井藩筆頭家老本多長員の養子となる。正徳6年(1716年)、通称を大蔵と改める。享保2年(1717年)、長員の死去により家督と2万石の知行を相続する。

享保3年(1718年)、幕府より江戸屋敷周辺の各自火消(三町火消)を命じられる。享保13年(1728年)没。享年39。正室は公卿葉室頼敦の娘。子に副紹

参考文献編集