本来の表記は「朱橞」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

朱 橞(しゅ けい、洪武12年4月14日1379年4月30日) - 宣徳3年(1428年))は、の皇族。初代皇帝洪武帝の第19皇子。

生涯編集

朱元璋の第19子。生母は郭恵妃(郭子興の娘)で永楽帝の異母弟である。1391年に谷王に叙された。靖難の変が起こると最初は建文帝に味方して金川門の守備を担当した。しかし朱棣(永楽帝)側に寝返った。そのため永楽帝の時代も王位は保障された。

しかし朱橞は性格が凶暴で、百姓から略奪したり中央政府に納めるべき税を横領したりした。さらには皇位を狙って謀反を企み、私兵を集めて武器を密造したりした。そして都指揮官の張成宦官呉智、同母兄である朱椿を誘って謀反を起こそうとしたが、朱椿が事前に永楽帝に報告したために逮捕され、庶人に落とされた。

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  1. 朱賦灼
  2. 朱賦爚
  3. 朱賦焮

参考文献編集

  • 明史』列伝第六 諸王三