本来の表記は「朱全昱」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

朱 全昱 (しゅ ぜんいく、? - 916年)は、後梁の初代皇帝朱全忠の長兄。徳靖

人物編集

末弟の朱全忠がを滅ぼした際、兄弟が天下を取る事を憂えて、激しく諌めたと伝えられる。弟の受禅後に広王に封じられた。死後に徳靖の諡と尚書令を追贈された。

子女編集

旧五代史編集

旧五代史』(梁書巻十二 宗室列伝二)の記述。

廣王全昱,太祖長兄,受禪後封。
乾化元年,還睢陽,命內臣拜餞都外。王出宿至於偃師,仍詔其子衡王友諒侍從以歸。庶人篡位,授宋州節度使。貞明二年,卒。

資治通鑑編集

資治通鑑』の記述。

天祐二年二月戊戌,以安南節度使、同平章事朱全昱為太師,致仕。全昱,全忠之兄也,戇樸無能,先領安南,全忠自請罷之。