朱句(しゅこう)は、州句・翁[1]ともいい、春秋戦国時代の越の君主。
朱句 | |
---|---|
越 | |
王(周制における爵位は子) | |
王朝 | 越 |
在位期間 | 前448年 - 前411年 |
都城 | 会稽 |
生年 | 不詳 |
没年 | 前411年 |
父 | 不寿 |
越王不寿の子として生まれた[2]。紀元前448年、不寿が殺害されると、朱句は後を嗣いで越王として即位した。紀元前414年、滕を滅ぼした。紀元前413年、郯を滅ぼした。紀元前411年、朱句は在位37年で死去した[3]。
[脚注の使い方] |
この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。 |