メインメニューを開く
本来の表記は「松平直暠」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

松平 直暠(まつだいら なおきよ)は、江戸時代中期の大名出雲国母里藩6代藩主。官位従五位下美作守。直政系越前松平家母里藩分家6代。

 
松平直暠
時代 江戸時代中期
生誕 安永5年12月12日1777年1月21日
死没 寛政8年7月27日1796年8月29日
改名 麟三郎・直之丞(幼名)→直暠
戒名 深締院
墓所 東京都港区虎ノ門天徳寺
官位 従五位下美作守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉
出雲母里藩
氏族 越前松平家支流明石松平家母里松平家
父母 父:松平直泰、養父:松平直行
兄弟 直之直周直暠中条信徳直方
本多忠曄有馬広寿直顕安藤定則直標直宝直董、栄、輝、寿、
堀田一権正室、幹、喬、晋、
小堀政共正室ら
正室:松平直行娘・房姫
養子:直方八重
テンプレートを表示

略歴編集

安永5年12月12日(1777年)に播磨国明石藩主・松平直泰の四男として誕生し、寛政3年(1791年)4月16日に母里藩5代藩主・松平直行の婿養子として迎えられ、寛政4年(1792年)10月27日に直行の隠居によって家督を継ぐ。

寛政8年(1796年)7月27日に死去した。享年21。跡は実弟で養子・直方が継いだ。

系譜編集