松浦到

江戸時代中期の大名。平戸新田藩第4代藩主

松浦 到(まつら いたる)は、江戸時代中期の大名肥前国平戸新田藩の第4代藩主。平戸藩6代藩主・松浦篤信の六男。

 
松浦 到
時代 江戸時代中期
生誕 享保元年(1716年
死没 天明3年8月8日1783年9月4日
別名 通称:半蔵、大膳
戒名 崇岳院
官位 従五位下大和守織部正
幕府 江戸幕府
主君 徳川吉宗家重家治
肥前平戸藩平戸新田藩
氏族 松浦氏
父母 父:松浦篤信、養父:松浦鄰
兄弟 有信誠信交信雅信義信信桯牧野貞通正室、朝倉豊良室、吉子、松浦斉養女
正室:牧野貞通の娘
大久保教近正室、大沢基年
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略歴編集

享保13年(1728年)11月23日、先代藩主松浦鄰末期養子として家督を相続した。享保19年(1734年)11月1日、8代将軍徳川吉宗御目見した。同年12月18日、従五位下・大和守に叙任した。明和3年(1766年)5月21日、家督を長男のに譲って隠居した。隠居後、通称を織部正に改めた。宝は天明3年(1783年)5月7日に死去し、その後を追うように同年8月8日、到も死去した。享年68。

系譜編集