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板東収容所切手(ばんどうしゅうようじょきって、Bando P.O.W. Camp Stamps)は、第一次世界大戦末期の1918年(大正7年)8月に日本軍の捕虜となり徳島県板野郡板東町(現在の鳴門市)の板東俘虜収容所に収容されたドイツ軍兵士によって作られ、収容所内で使用された切手。

概要編集

1917年(大正6年)4月から1920年(大正9年)12月まで存在していた板東俘虜収容所では、捕虜に対してかなり自由な行動が認められており、また、日本側も捕虜の持つ文化、技術などを学ぼうという意欲があったため、さまざまなドイツ文化が日本に伝えられた。

この切手は孔版多色刷で2銭と5銭の2種類があり、また収容所専用の消印も使用された。しかし、自由な収容所内における通信手段のやりとりに切手の必要性は特になく、捕虜たちの文化的楽しみの手段としての切手であったと推測される。

関連項目編集

外部リンク編集