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林家 九蔵(はやしや くぞう)は、落語家の名跡。

  • 三遊亭好楽の前名(初代)。
  • 宮崎県で活動しているアマチュア落語家が2018年1月まで使用していた名前。好楽の弟子・三遊亭好の助真打昇進に伴い3代目を襲名することになったため、九蔵を返上した(好楽を初代とし、2代目を名乗った。)
  • 初代の弟子・三遊亭好の助が2018年5月の真打昇進に併せて3代目として襲名を予定していたが、林家正蔵サイドから物言いが出たため、襲名を断念した[1](詳細は三遊亭好の助の項を参照)。

目次

初代(現・三遊亭好楽)編集

林家九蔵は、三遊亭好楽(本名:家入 信夫(いえいり のぶお)、現:円楽一門会所属)の前名である。1983年まで落語協会所属であった。

1966年8代目林家正蔵(後に彦六)へ入門し、9番目の弟子であったことから「九蔵」と名づけられ[2]1981年10月真打昇進。8代目正蔵が『彦六』と名乗っている期間中に真打となった唯一の弟子。

兄弟子や他の同期、林家三平ら師匠格の噺家や当時『笑点』の司会だった三波伸介からは「キュウちゃん」と呼ばれていたが、“九蔵”は「クゾウ」と読む。

1982年師匠彦六の死後一年喪に服してから、1983年に落語協会を退会。円楽一門会総帥5代目三遊亭圓楽門下に移籍する。この時に現在の名跡となる好楽に改名。元々前座時代より五代目圓楽門下の鳳楽(前座当時「楽松」)6代目圓橘(前座当時「朝治」)とは入門先が異なっていたが仲が良かった。

前座時代、自宅には天野幸夫(後の三遊亭小遊三)が同居していた[3]ことから、師匠宅に住み込みでなく、実家からの通い修行であったことが推測される。

笑点における略歴編集

彦六一門時の兄弟弟子編集

2代目(宮崎のアマチュア落語家)編集

3代目可愛家 小たつは、宮崎県で活動中の「みやざき落語会」代表のアマチュア落語家。1989年から2018年まで林家九蔵の名を使用し、2代目と称した。本名・横山龍児。2015年現在、延岡市に在住している。

1978年、「宮崎県北落語研究会」(現・みやざき落語会)を設立し、「可愛家小たつ」の芸名で延岡市を中心に寄席、落語会を開催し、当時林家九蔵であった三遊亭好楽らとも共演した。その長年の交流により、1989年に好楽から宮崎限定であるが「林家九蔵」を名乗ることを許された。宮崎県内で落語会や寄席の開催、またはプロデュースを行っている。2006年4月より、MRTラジオの「立川らく生の笑いの殿堂」に宮崎県内のアマチュア落語家らとともに出演している[4][5]

2018年1月、好楽の弟子である三遊亭好の助が同名跡を襲名する予定(その後破談)に伴い、九蔵の返上を表明。前名の小たつに戻った[6]

みやざき落語会編集

みやざき落語会は、落語は勿論、日本大衆芸能漫才漫談太神楽紙切り講談大道芸などの寄席芸を少しでも多くの宮崎県民に体験してもらおうと活動を続ける団体である。

註釈編集

  1. ^ 三遊亭好楽、笑顔で騒動終結宣言 好の助との師弟愛の裏側にあった“幻の襲名プラン” : スポーツ報知 - 2018年4月27日11時0分掲載, 2018年5月3日参照
  2. ^ 同じような理由で、2006年より『笑点』出演者となった春風亭昇太は、5代目春風亭柳昇8番弟子であったことから、前座名を「昇」と名付けられた。二ッ目昇進と同時に現在の昇太に改名している。
  3. ^ 九蔵は落語協会、小遊三は一貫して落語芸術協会の所属である。
  4. ^ 三遊亭好楽・王楽vs桂歌春・沙織 親子競演会”. 2015年2月2日閲覧。
  5. ^ 宮崎放送. “立川らく生の笑いの殿堂”. 2015年2月2日閲覧。
  6. ^ 可愛家小たつTwitter”. 2018年1月24日閲覧。

外部リンク編集