柳沢 信武(やなぎさわ のぶたけ)は、江戸時代中期の旗本。旗本大久保忠位の三男。母は高木守勝の娘。柳沢信孝の養子。通称は忠武、忠甫、忠宜、千十郎、傳之助、左膳、八郎右衛門。

 
柳沢信武
時代 江戸時代中期
生誕 宝永3年(1706年
死没 宝暦7年7月6日1757年8月20日
別名 忠武、忠甫、忠宜、千十郎、傳之助、左膳、八郎右衛門(通称
戒名 廣澤
墓所 東京都新宿区市谷河田町正覚山月桂寺
幕府 江戸幕府 旗本
主君 徳川吉宗家重
氏族 大久保氏柳沢氏
父母 大久保忠位高木守勝
柳沢信孝
柳沢信孝養女
末高信門室、大久保忠篤室ら
信門
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妻は柳沢信孝の養女(信孝の父信尹の娘)。子に、娘(末高信門のち松平房熟の妻)、娘(大久保忠篤のち保々貞丈の妻)らがいる。

男子がみな早世したため、致仕後に養子の信門(旗本大久保忠恒の三男)が家督を継いだ。

年表編集

※日付は旧暦

  • 元文3年(1738年)12月14日 - 養父信孝の致仕に伴い家督を継ぐ。
  • 元文5年(1740年)2月31日 - 大番の番士となる。
  • 宝暦7年(1757年)7月6日 - 死去。享年52。月桂寺に葬られる。法名、廣澤。

参考文献編集