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武田 信興(たけだ のぶおき、寛文12年(1672年) - 元文3年7月9日1738年8月23日))は、江戸時代高家旗本武田信正の子で、武田信玄の玄孫にあたる。初名は信冬。通称は虎之助、織部。

はじめは磐城平藩内藤忠興のもとにあった。父信正の死後、柳沢吉保のもとに寓居する。元禄13年(1700年)12月27日、幕府に召し出されて、甲斐国八代郡内500石を与えられる。寄合に所属する旗本となる。元禄14年(1701年)1月15日、将軍徳川綱吉御目見する。同年9月11日、表高家衆に列する。こうして武田氏は高家旗本として再興したが、信興自身は生涯高家職に就くことはなかった。宝永2年(1705年)8月19日、領地を相模国高座郡内に移される。元文3年(1738年)7月9日死去、享年67。葬地は芝の西信寺。長男信安が家督を相続した。

正室は大久保忠鎮の娘。