源経仲
時代 平安時代後期
生誕 不詳
死没 不詳
官位 従五位下右兵衛佐[1]
主君 白河天皇堀河天皇
氏族 藤原北家小野宮流醍醐源氏
父母 父:藤原経通、母:源高雅の娘
猶父:源経房
兄弟 経仲藤原経季藤原経平藤原顕家藤原範輔
俊兼経兼仲季、勝祐
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源 経仲(みなもと の つねなか)は、平安時代後期の貴族歌人藤原北家小野宮流権中納言藤原経通の子。官位従五位下右兵衛佐

経歴編集

醍醐源氏、権中納言・源経房の猶子となる。

承暦元年(1077年)9月24日時点で前右衛門佐だったが、同年10月3日に出雲守に任ぜられる。同年11月、任地出雲で名所歌合を主催。寛治5年(1091年)8月、皇后宮権亮在任中に藤原宗通家の歌合に参加。永長元年(1096年)5月、皇太后宮権亮在任中に藤原能実家の歌合に参加し、同月に源師時家の歌合の判者となっている。

没年は不詳だが、少なくとも康和5年(1103年)時点では高齢ながら生存している。

系譜編集

『尊卑分脈』に従う。

脚注編集

  1. ^ 尊卑分脈』による。一部の諸本では従五位上とする。