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源 通宗(みなもと の みちむね)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公卿村上源氏久我流内大臣源通親の長男。官位正四位下参議従一位左大臣後嵯峨天皇の外祖父。

 
源通宗
時代 平安時代末期 - 鎌倉時代初期
生誕 仁安3年(1168年
死没 建久9年5月6日1198年6月12日
別名 土御門宰相
官位 正四位下参議従一位左大臣
主君 高倉天皇安徳天皇後鳥羽天皇土御門天皇
氏族 村上源氏久我流
父母 父:源通親、母:花山院忠雅の娘
兄弟 通宗堀川通具久我通光土御門定通中院通方道元?、土御門通行、定親、親縁、雲快、親子
養兄弟:在子証空大江親広
藤原親信の娘、藤原親信の娘、家女房
師信通成、親宝、通子
特記
事項
後嵯峨天皇の外祖父
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経歴編集

安元2年(1176年従五位下叙爵侍従を経て、治承5年(1181年)従五位上、寿永2年12月(1184年2月)正五位下文治4年(1188年従四位下左近衛少将建久元年(1190年)従四位上、建久2年(1191年)正四位下・左近衛中将と後白河院政期末にかけて順調に昇進する。

その後、建久8年(1197年)に蔵人頭に任ぜられる。翌建久9年(1198年)正月に土御門天皇が即位すると、引き続き新帝の元で蔵人頭を務めると共に後鳥羽上皇院別当を兼ね、同月末には参議に任ぜられ公卿に列すが、同年5月6日卒去。享年31。最終官位は参議正四位下兼行左近衛中将。

死後、娘・通子土御門天皇の典侍となり、三男二女を産む。通子の死後さらに20年以上のちの仁治3年(1242年)に、土御門天皇と通子との間の末子・邦仁王が即位(後嵯峨天皇)したため、外祖父として通宗に従一位・左大臣の官位が追贈された。

系譜編集

参考文献編集