片桐 貞音(かたぎり さだなり、正徳2年(1712年) - 寛延3年4月3日1750年5月8日))は、大和国小泉藩の第5代藩主。

第4代藩主片桐貞起の次男。母は上田勘解由の娘。正室は木下公福の娘。子に片桐貞芳(長男)、娘(片桐友従室)、娘(上杉勝承正室)。官位は従五位下、主膳正。幼名は勝之助。

享保13年(1728年)、兄の満紀が廃嫡され、代わって後継者に指名される。寛保元年(1741年)、父が死去したため家督を継いだ。寛延2年(1749年)4月10日、片桐氏一門の片桐信與(2代藩主片桐貞昌の庶長子・信隆の子孫)を独断的に処罰したことが不孝に当たるとして幕府から咎められ、出仕を止められたが、同年5月2日に許された。寛延3年(1750年)4月3日、39歳で死去し、跡を長男の貞芳が継いだ。墓所は東京都品川区北品川の東海寺