アレトゥーサ

ギリシア神話の精霊

アレトゥーサ古希: Ἀρέθουσα, Arethūsa)は、ギリシア神話に登場するニュムペーである。シケリア島シュラクーサイ近くのオルテュギアー島にあるアレトゥーサの泉に変じたことで知られる。

オーギュスト・ルグラ(Auguste Legras)の1874年の絵画『アレトゥーサ』。トマ=アンリ美術館所蔵。
雲に覆われるアレトゥーサと、追いかけるアルペイオス。
シラクサのアレトゥーサの泉。
アレトゥーサの肖像がデザインされている500リラ紙幣。

長音を省略してアレトゥサとも表記される。

神話 編集

泉への変身 編集

アレトゥーサはもともとはエーリス地方のニュムペーで、アルテミスに仕えていた。誰もが褒め称える美しい容姿を持っているのに、恋や結婚には関心がなかった。

あるときアレトゥーサは、狩りから帰るとき、疲れを癒そうとアルペイオス川で水浴びをしていた。すると突然、水の中からアレトゥーサを呼ぶ声がした。声の主は河の神アルペイオスで、アレトゥーサの魅力的な肢体に見惚れ、彼女に恋してしまったのだった。アレトゥーサは驚いて向こう岸に上がったが、服は対岸に置いたままだったので、何も着ずにそのまま逃げだした。するとアルペイオスも人の姿になり、アレトゥーサを追いかけた。走り疲れてとうとう追いつかれそうになったアレトゥーサは、捕まる寸前、アルテミスに助けを求めた。途端に、アレトゥーサの美しい肉体はみるみるうちに溶け流れ、地面に薄く広がって、水たまりのようになってしまった。願いを聞き届けたアルテミスが、アレトゥーサの体を水に変えたのだった。アルペイオスは驚き一瞬立ち止まったが、すぐさま水にもどって、アレトゥーサと混ざり合おうとした。するとアルテミスは大地を割って穴を作り、アレトゥーサはその穴に流れ込んで逃げた。地中に流れたアレトゥーサは地下水として海底の下をくぐり、やがてシュラクーサイのオルテュギアー島から泉となって湧き出した。こうして純潔を守り通したアレトゥーサは、元の姿には戻らずにその場に溜まり、アレトゥーサの泉になったといわれる[1]

一説によれば、アレトゥーサとアルペイオスは狩人で、アレトゥーサがアルペイオスを拒んでオルテュギアー島で泉になった後、アルペイオスも川になった[2]。あるいはアルテミスがオルテュギアー島を得たときにニュムペーたちがアルテミスのためにアレトゥーサの泉を湧き出させたともいわれる[3]

泉の伝説 編集

古くからアレトゥーサの泉はエーリス地方のアルペイオス川と通じていて、アルペイオス川の水が海水と混ざらず、海底を通ってアレトゥーサの泉から湧き出ていると信じられていた。ピンダロスは『ネメアー祝勝歌』でこの伝説をうたっており[4]、またウェルギリウスも『牧歌』[5]や『アエネーイス』でこの伝説をうたっている[6]ストラボーンはこの伝説について批判的だが[7]パウサニアースはこの伝説が、アレトゥーサとアルペイオスの物語が生まれた要因だとしている[8]

オウィディウスの『変身物語』では、アレトゥーサはハーデースに連れ去られたペルセポネーの行方をデーメーテールに告げている[9]

その他のアレトゥーサ 編集

脚注 編集

  1. ^ オウィディウス『変身物語』5巻572行-641行。
  2. ^ パウサニアース、5巻7・2。
  3. ^ シケリアのディオドーロス、5巻3・5。
  4. ^ ピンダロス『ネメアー祝勝歌』第1歌1行。
  5. ^ ウェルギリウス『牧歌』第10歌4行-5行。
  6. ^ ウェルギリウス『アエネーイス』3巻692行-696行。
  7. ^ ストラボーン、6巻2・4。
  8. ^ パウサニアース、5巻7・3。
  9. ^ オウィディウス『変身物語』5巻487行-508行。
  10. ^ アポロドーロス、2巻5・11。
  11. ^ ヒュギーヌス、序文。
  12. ^ 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p.24a。
  13. ^ 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p40a。

参考文献 編集