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生江 孝之(なまえ たかゆき、1867年12月7日慶応3年11月12日) - 1957年昭和32年)7月31日)は、日本の事業家、宗教家、大学教授。「昭和社会事業史への証言」(吉田久一・一番ヶ瀬泰子著)において「日本社会事業の父」と称されたとの記述がある。

経歴編集

仙台藩士生江元善の子。陸奥国仙台(現・宮城県仙台市)出身。東京英和学校(現:青山学院)を経て北海道にて、伝道を行い[1]青山学院神学部卒業後、1900年渡米、ボストン大学で神学社会学を修める。

1908年内務省嘱託。東京キリスト教青年会理事、東京府社会事業協会理事などを務め、1918年日本女子大学教授となった。

青山学院在学中には山室軍平と出会う。同志社大学今出川図書館には、孝之の孫である日本福祉大学教授生江明が、孝之の蔵書2700冊を寄贈し出来た「生江文庫」がある。

著作等編集

  • 『社会事業綱要』(1923年)
  • 『日本基督教社会事業史』(1931年)
    など。

脚注編集

参考文献編集