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生駒 親興(いこま ちかおき、明暦元年(1655年) - 元禄15年4月26日1702年5月22日))は、江戸時代前期の旗本。初名は高重、幼名は虎松、通称は主殿。

生涯編集

出羽矢島藩主・生駒高俊の三男として誕生した。生母は今氏。実兄である交代寄合生駒高清の養子となる。寛文10年(1670年)5月1日、将軍徳川家綱御目見する。元禄7年(1694年)12月12日、高清の死去により家督を相続する。元禄15年(1702年)4月26日、死去、48歳。墓所は荒川・養福寺など。

正室は大村純長の娘。子女に長男・正親、次男・俊定生駒俊明養子)、三男・親猶生駒正親養子)ら三男三女あり。

参考文献編集