硝酸アンモニウム
硝酸アンモニウム(しょうさんアンモニウム、英: ammonium nitrate)は、化学式NH4NO3で表される化合物であり、アンモニウムおよび硝酸塩のイオンから成っている白い結晶の固体である。硝安とも。
硝酸アンモニウム | |
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硝酸アンモニウム | |
別称 硝安 | |
識別情報 | |
CAS登録番号 | 6484-52-2 |
特性 | |
化学式 | NH4NO3 |
モル質量 | 80.04式量の項目から一応転記しています。 |
外観 | 無色固体 |
密度 | 1.7 |
融点 |
170 |
沸点 |
210 (分解) |
水への溶解度 | 190 |
爆発性 | |
衝撃感度 | 非常に遅い |
摩擦感度 | 非常に弱い |
爆速 | 200m/秒 |
RE係数 | 0.42 |
出典 | |
ICSC | |
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。 |
水和物を形作らないが、固体として吸湿性で非常に水溶性である。主に高窒素肥料として農業で使用されている[1]。世界の生産量は、2017年に21.6百万トンと推定された。
その他の主な用途は、鉱業、採石、土木建設で使用される爆発性混合物の成分として使用される。ANFOの主要な構成要素であり、北米で使用される爆発物の80%を占める普及した産業用爆発物である。同じような調合はIEDで使用されてきた。
多くの国は誤用の可能性に対する懸念から、消費者向け用途での使用を段階的に廃止している[1]。20世紀初頭以来、偶然による硝酸アンモニウムの爆発のために何千人もの人々が命を落としてきた。
合成 編集
硝酸アンモニウムの工業生産は、アンモニアと硝酸の酸塩基反応を伴う。
アンモニアを無水状態(気体)で使用し、硝酸を濃縮する。反応は非常に激しく発熱性である。溶液が形成された後、通常は約83%の濃度で、グレードに応じて95%から99.9%の濃度の硝酸アンモニウム(AN溶融物)を残すために余分な水分を蒸発させる。AN溶融物は、その後、スプレータワーで「プリル」または小さなビーズにされるか、または回転ドラムで噴霧およびタンブリングすることにより顆粒にされる。このプリルまたは顆粒は、さらに乾燥させ、冷却させた後、固結を防止するためにコーティングすることができる。これらのプリルまたは顆粒は、商業上の典型的なAN製品である。
このプロセスに必要なアンモニアは、ハーバー・ボッシュ法で窒素と水素から得られる。ハーバー・ボッシュ法で生成されたアンモニアは、オストワルト法(Ostwald process)で硝酸に酸化することができる。もう一つの製造方法は、次のニトロリン酸プロセスの変種である。
生成物である炭酸カルシウムと硝酸アンモニウムは、別々に精製してもよいし、硝酸カルシウムアンモニウムとして販売してもよい。
また、硝酸アンモニウムは複分解反応により製造することもできる。
反応 編集
加熱するか、もしくは塩化物イオンを触媒とすれば、分解して亜酸化窒素(一酸化二窒素、笑気)を発生する。
さらに、210 ℃ 程度に加熱すると爆発する。
この性質を利用して、木粉、ニトロナフタリンなどを混合したものは硝安爆薬として用いられる。
尿素や硫酸アンモニウムと同様に水に溶解する際は吸熱する。食塩等と比較すると吸熱反応のエネルギーが大きいため、携帯式氷枕(瞬間冷却パック)などの寒剤に使用される。
用途 編集
肥料 編集
硝酸アンモニウムは、NPKレーティング34-0-0(窒素34%)の重要な肥料である[2]。尿素(46-0-0)よりも濃度が低く、硝酸アンモニウムの輸送はわずかに不利である。尿素に対する硝酸アンモニウムの利点はそれがより安定していて、急速に大気に窒素を放出しないということである。
爆発物 編集
通常、発破剤として純粋な形では使用されないが、硝酸アンモニウムは多くの爆薬の成分である。硝酸アンモニウムを含む爆薬の例としては、以下のものがある。
- アストロライト (硝酸アンモニウムとヒドラジンロケット燃料)
- アマトール (硝酸アンモニウムとTNT)
- アンモナール (硝酸アンモニウムとアルミニウム粉末)
- Amatex (硝酸アンモニウム、TNTおよびRDX)
- ANFO (硝酸アンモニウムと燃料油)
- DBX (硝酸アンモニウム、RDX、TNTおよびアルミニウム粉末)
- トベックス (硝酸アンモニウムおよび硝酸メチルアンモニウム)
- マイノール (硝酸アンモニウム、TNTおよびアルミニウム粉末)
- ゴマ-2 (硝酸アンモニウム、ニトログリコール、ニトロセルロース、フタル酸ジブチルおよび燃料)
燃料油との混合物 編集
ANFOは94%硝酸アンモニウム(「AN」)と6%燃料油(「FO」)の混合物で、バルク産業用爆薬として広く使用されている。水への耐性、酸素バランス、高い爆発速度および小さい直径性能のような伝統的な産業火薬によって提供される利点ではなく、ANFOの低価格および使用の容易さなどの利点をより活かせる石炭鉱山、採石、金属の鉱山および土木構造などといったあまり需要のない用途に使用される[3]。
テロ 編集
硝酸アンモニウム系の爆薬は、1970年のウィスコンシン州マディソンのスターリングホール爆破事件、1995年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件、2011年のデリー爆破事件、2011年のノルウェー連続テロ事件、2013年のハイデラバード爆破事件などで使用されている。
2009年11月、パキスタン北西辺境州(NWFP)政府は、NWFPのアッパーディール、ローワーディール、スワット、チトラール、マラカンドの旧マラカンド師団で硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、硝酸カルシウムアンモニウム(CAN)の肥料が過激派によって爆発物の製造に使用されたとの報告を受けて、禁止令を出した。これらの禁止により、塩素酸カリウム(安全マッチを発火させるもの)は、反政府派による爆発物の選択として肥料を超えている[4]。
ニッチな用途 編集
硝酸アンモニウムは、水に溶ける際の吸熱性が非常に高く、一部の保冷剤に使用されている。また、硝酸グアニジン[5][6]のような独立した爆発性のある「燃料」と組み合わせて、タカタ株式会社が製造したエアバッグのインフレータの5-アミノテトラゾールに代わる安価な(しかし安定性が低い)代替品としても使用されていた。そのエアバッグは14人の死亡者を出した後に危険であるとしてリコールされている [7]。
Cavea-bと呼ばれる硝酸アンモニウムの硝酸溶液は、一般的なモノプロペラントであるヒドラジンの代わりに、よりエネルギーの高い液体燃料として、宇宙船での使用が期待されていた。1960年代には多くの試験が行われたが、NASAでは採用されなかった。
事故事例 編集
- オッパウ大爆発
- 1921年にドイツ・ルートヴィヒスハーフェン近郊のオッパウにあるBASF化学工場で、吸湿して固化した硝酸アンモニウムと硫酸アンモニウムの混合肥料を粉砕するためダイナマイトによる発破を掛けたところ、4,500トンあまりが爆発(TNT換算1–2kt)し、死者500–600人、負傷者2,000人以上の大惨事となった。現場には直径100メートルのすりばち状の穴ができたという。ただし爆轟に導くことは難しく、事実、この工場は設営時から事故時まで継続的にその方法をとっていたが、この事故まで問題は起こらなかった。
- テキサスシティ大災害
- 1947年4月16日にはアメリカテキサス州のテキサスシティで、係留中の蒸気船グランドキャンプ号の火災から積荷の硝酸アンモニウム2300トンに引火・爆発(TNT換算1.1kt)して581人が死亡、1.6km以内の建物はすべて倒壊。この時は消火の放水によって硝酸アンモニウムの吸湿・劣化を恐れた関係者が初期消火を渋ったことで、被害を大きくする一因となったと言われている。
- ベイルート港爆発事故
- 2020年8月4日、レバノンの首都、ベイルートの港湾地区の倉庫で爆轟を伴う爆発事故が発生(TNT換算 1.1kt)。倉庫に6年前から保管されたままになっていた約2,750トンの硝酸アンモニウムが爆発の原因と見られている[8]。爆発は二度にわたって発生し、二度目の爆発は、地中海を150マイル (240 km)隔てたキプロスでも観測された[9]。
上記のほか、1995年に167人の死者を出したオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件においても、爆薬の原料として使用された。
場合によっては、水溶液も爆発する。1952年(昭和27年)12月22日に、愛知県名古屋市の化学工場で水溶液が爆発した[10]。この事故について、日本では特に研究はなされなかったが、その後、アメリカ合衆国で研究された結果、スラリー爆薬が開発された。
タカタのエアバッグ不具合の問題では、エアバッグのガス発生剤に硝酸アンモニウムを使うことが焦点となった。現在、衝突時にエアバッグを膨らませるためのガス発生剤として硝酸アンモニウムを使っているのはタカタのみである。温度の変化によって結晶の形、密度が変わる転移という現象が危惧されるが、タカタは硝酸アンモニウムにほかの化学物質を添加し、「相安定化硝酸アンモニウム」とすることで安定させていると主張した。タカタのエアバッグは、多湿地域でインフレータの暴発が起こったことが問題視された[11]。2015年11月3日、アメリカ合衆国運輸省は硝酸アンモニウムを使ったガス発生装置の生産、販売の停止を命じ、2018年末までに段階的に取りやめることで合意した[12]。
脚注 編集
- ^ a b Ammonium nitrate sold by ton as U.S. regulation is stymied. Archived 28 February 2018 at the Wayback Machine. - The Dallas Morning News
- ^ “Nutrient Content of Fertilizer Materials”. 2012年12月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年6月27日閲覧。
- ^ Cook, Melvin A. (1974). The Science of Industrial Explosives. IRECO Chemicals. p. 1. ASIN B0000EGDJT
- ^ Brook, Tom Vanden. “Afghan bomb makers shifting to new explosives for IEDs”. USA TODAY. 2020年8月14日閲覧。
- ^ US 5531941
- ^ Airbag Compound Has Vexed Takata for Years - The New York Times
- ^ A Cheaper Airbag, and Takata's Road to a Deadly Crisis. - The New York Times
- ^ “レバノン首都で2度の大爆発、73人死亡 数千人負傷”. AFPBB News. (2020年8月5日) 2020年8月5日閲覧。
- ^ 英BBCのHPでは、"Explosion felt 240 km away in Cyprus"と題して、"People in Cyprus (中略) have reported feeling the blast."と実際に観測した市民の存在を綴っている。
- ^ “硫酸アンモニウム回収中の過剰濃縮による硝酸アンモニウムの爆発” 2020年8月6日閲覧。
- ^ “タカタがエアバッグに使う火薬は安全なのか 拡散するリコール問題、火薬の専門家に聞く”. 東洋経済オンライン. (2014年12月12日) 2020年8月5日閲覧。
- ^ “エアバッグ欠陥 過去最高額 タカタに制裁金240億円”. 東京新聞 TOKYO Web (中日新聞社). (2015年11月4日). オリジナルの2015年11月5日時点におけるアーカイブ。 2020年8月5日閲覧。
関連項目 編集
- 2020年ベイルート爆発
- オッパウ大爆発 - テキサスシティ大災害
- 龍川駅列車爆発事故
- 硫酸アンモニウム(硫安) - 同様に化学肥料として多用される。