神保 就正(じんぼう なりまさ)は、江戸時代武士毛利氏の家臣で、長州藩士。父は神保景正

 
神保就正
時代 江戸時代
生誕 慶長16年(1611年
死没 貞享5年3月22日1688年4月22日
改名 神保正富→神保就正
別名 左門、三郎兵衛、八郎左衛門(通称
主君 毛利秀就綱広吉就
長州藩
氏族 神保氏
父母 父:神保景正
正之
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生涯編集

慶長16年(1611年)、神保景正の子として生まれ、毛利秀就綱広吉就の三代に仕えた。寛永6年(1629年8月1日、秀就から「三郎兵衛尉」に任じられる。

貞享5年(1688年3月22日に死去。享年78。子の正之が後を継いだ。

参考文献編集