移剌 蒲阿(いらつ ほあ、? - 1232年)は、末の軍人。契丹人[1]

第二次対金戦争でモンゴル軍を相手に活躍した。

三峰山の戦いで敗れ、京師に向けて脱出しようとしたが捕虜となり、その後、降伏するように説得されたが、金の大臣として金の国内で死ぬべきであるとしてこれを拒み、1232年7月に処刑された[2]

脚注編集

  1. ^ 「移剌蒲阿、本契丹人、少従軍、以労自千戸遷都統」s:zh:金史/卷112#移剌蒲阿
  2. ^ 海老澤哲雄『http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac//repository/all/15110/KJ00005097220.pdf』モンゴルの対金朝外交、209,216。2021年5月17日閲覧。