三峰山の戦い(さんぽうざんのたたかい)は、1232年に鈞州三峰山(現在の河南省許昌市禹州市)で行われたモンゴル帝国との戦闘モンゴル帝国の大勝に終わり、金の衰退を決定づけた。

三峰山の戦い
モンゴル帝国の金朝征服英語版
戦争第二次対金戦争
年月日1232年
場所三峰山河南省許昌市禹州市
結果モンゴル帝国の大勝、金の滅亡
交戦勢力
モンゴル帝国
指導者・指揮官
トルイ

オゴデイ

完顔陳和尚  

移剌蒲阿  
完顔合達  

戦力
トルイ麾下4万

オゴデイ援軍10万以上

総勢15万(歩兵13万、騎兵2万)
損害
戦死多数 壊滅、指揮官戦死多数

騎兵2万・歩兵13万、計15万の金の大軍はトルイチンギス・ハーンの四男)率いる約4万のモンゴル軍に大敗。主力を失った金はモンゴル軍に対抗する術をなくし、2年後の1234年、ついに首都開封が陥落し金は滅亡する。

出典編集