米田町(よねだちょう)は、高砂市の一地域である。印南郡米田町のうち船頭、平津地区を除いた地域を編入した地域である。

米田町
よねだちょう
日章旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
自治体 高砂市
旧自治体 印南郡米田町
面積
3.41km²
世帯数
7,764世帯
総人口
19,142
住民基本台帳、2013年11月29日)
人口密度
5,613.49人/km²
隣接地区 阿弥陀町、西神吉町、竜山、荒井町、加古川市
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地理編集

2013年平成25年)11月29日現在の人口は、19,142人(男9,233人、女9,909人、外国人含む)で、面積は、3.41 km2[1] である。神爪(かづめ)、米田団地、米田町神爪、米田町塩市、米田町米田、米田町古新、米田町島、米田町米田新の大字がある。

歴史編集

1889年明治22年)、印南郡米田村の一部となり、1928年昭和3年)町制を施行した。1956年(昭和31年)9月18日の兵庫県合併審議会の裁定により、米田・米田新・古新・塩市・島・神爪地区は、高砂市に編入した。1972年(昭和47年)から1974年(昭和49年)にかけ兵庫県公営住宅高砂米田団地が建設された[2]1980年(昭和55年)4月、高砂市立米田西小学校が開校した。2008年平成20年)4月、宝殿中学校における加古川市との組合を解消し、高砂市単独の管轄となった。

商業施設編集

企業等編集

小中学校編集

小学校
中学校

交通編集

鉄道
道路

寺社編集

神社
  • 米田天神社 - 加古川市加古川町木村にある泊神社の分社で、承応年間、宮本武蔵の養子である宮本伊織が再建したと言われる[3]。宮本伊織と弟の小原玄昌が寄進した三十六歌仙扁額や、石灯籠などが残っている。
寺院[4]
  • 西光寺 - 米田町米田にある浄土宗西山派の寺院である。山号は来迎山で、本尊は阿弥陀如来である。宮本武蔵が著した「五輪書」にちなんだ『五輪之庭』という庭園がある。また、武蔵伊織の像が建立され台座は地元の宝殿石である[5]
  • 西蓮寺 - 米田町米田にある浄土真宗本願寺派の寺院である。山号は仏乗山で、本尊は阿弥陀如来である。文政年間から1872年(明治5年)まで、住職福田智潮・智了の寺子屋があった[6]
  • 神宮寺(薬師堂) - もと米田天神社の神宮寺であった。武蔵の没後の1646年正保3年)に武蔵の供養のために宮本伊織が鰐口を寄進した。
  • 教永寺 - 米田町米田にある浄土真宗本願寺派の寺院である。山号は宝城山で、本尊は阿弥陀如来である
  • 善覚寺 - 米田町塩市にある浄土真宗真宗大谷派の寺院である。山号は仏生山で、本尊は阿弥陀如来である
  • 永徳寺 - 米田町島にある浄土真宗真宗大谷派の寺院である。山号は雲龍山で、本尊は阿弥陀如来である
  • 覚正寺 - 米田町神爪にある浄土真宗真宗大谷派の寺院である。山号は平等山で、本尊は阿弥陀如来である
  • 教覚寺 - 米田町米田にある浄土真宗本願寺派の寺院である。山号は天宝山で、本尊は阿弥陀如来である。

名所編集

  • 武蔵・伊織の生誕碑 - 1990年平成2年)に宮本武蔵・伊織顕彰会によって建立された。高さ約3.5m、幅約7m、重さ約100tの地元名産竜山石で造られた[5]
  • 田原家の屋敷跡 - 武蔵の生家である田原家の屋敷跡に記念碑が建立されている[5]
  • 一の鳥居 - 高砂市米田町神爪にあり、1680年延宝8年)に、この村の庄屋であった神吉久太夫が奉納したものである。久太夫が城崎温泉姫路藩主に会ったとき、酒に酔って無礼な口をきいたことから藩主の怒りを買った。酔いのさめた久太夫はすぐに村へ帰り、氏神の生石神社に参詣し、この難を免れた。そこで感謝の意を表すため鳥居を建てたといわれている。この鳥居の隣には、山片蟠桃が結婚を記念して贈ったものといわれている燈篭がある[5]

関連項目編集

出身著名人編集

  • 宮本武蔵
  • 宮本伊織
  • 山片蟠桃(やまがた ばんとう)- 江戸時代の代表的な町人学者。神爪にあるかんな公園には像が、覚正寺には顕彰墓が建立されている。これらが面している通りを「ばんとう通り」と名づけられている[5]

脚注編集

  1. ^ 地区別面積
  2. ^ 角川書店角川日本地名大辞典』 28巻〈兵庫県〉、1988年。ISBN 978-4040012803 
  3. ^ 兵庫県印南郡役所 1916a, p. 80.
  4. ^ 兵庫県印南郡役所 1916a, p. 144-147.
  5. ^ a b c d e 高砂市. “米田地区の観光”. 2014年1月11日閲覧。
  6. ^ 兵庫県印南郡役所 1916b, p. 76.

参考文献編集

外部リンク編集