紀 海音(きの かいおん、寛文3年(1663年) - 寛保2年10月4日1742年10月31日))は、江戸時代中期の浄瑠璃作家、狂歌師俳人。本名は榎並善右衛門、のち善八。大坂生まれ。父は大阪御堂前の菓子商鯛屋善右衛門(俳号:貞因)で、兄に狂歌師油煙斎貞柳がいる。別号は貞峨・契印・白鷗堂・鳥路観など[1]

来歴編集

大坂御堂前雛屋町西南角の老舗の菓子商鯛屋善右衛門の次男として生まれる。

少年期から青年期にかけて、正確な記録は残っていない。若い頃は、京都宇治黄檗山萬福寺の悦山に師事して僧となり、高節と号した。悦山に「舌頭湧出」と評され、これが「海音」の号の由来とされる。

その後、還俗して大坂で医師となり、和歌契沖に、俳諧安原貞室に、狂歌を兄に学んだ。1707年宝永4年)から1723年享保8年)頃まで大坂豊竹座の浄瑠璃作家として活躍し、竹本座の近松門左衛門と対抗していた。しかし、1724年(享保9年)3月の妙智火事による豊竹座・海音宅・鯛屋の類焼のためか、浄瑠璃作者を引退する。それ以降は俳諧と狂歌に専念した。1736年元文元年)には法橋に叙せられている。

晩年は俳諧と狂歌関係者との交友が深く、公卿の厚遇も得たという[2]

おもな作品編集

浄瑠璃

  • 『椀久末松山』
  • 八百屋お七歌祭文
  • 『心中二ツ腹帯』
  • 『鬼鹿毛無佐志鐙』
  • 『傾城無間鐘』

脚注編集

  1. ^ 雲英末雄・岡本勝 『新版近世文学研究事典』 おうふう、2006年2月、435頁。 
  2. ^ 日本古典文学大事典編集委員会 『日本古典文学大辞典 第2巻』 岩波書店、1984年1月、150頁。