経団連襲撃事件(けいだんれんしゅうげきじけん)とは、1977年(昭和52年)3月3日に起きた立て籠もり事件[1][2][3][4]

経団連襲撃事件
Nippon Keidanren head office.jpg
襲撃を受けた当時の経団連会館。現在の経団連本部はここから150m程西の位置にある。
場所 経団連会館
日本の旗 日本 東京都千代田区大手町
座標
標的 土光敏夫会長
日付 1977年3月3日 (JST (UTC+9))
概要 野村秋介ほか3名がピストルと猟銃と日本刀を携えて経団連会館に侵入し、当初職員12名を人質に取って会長室に約11時間監禁籠城した。
武器 散弾銃拳銃猟銃日本刀
死亡者 0人
負傷者 0人
被害者 職員12名
犯人 野村秋介伊藤好雄西尾俊一森田忠明
容疑 人質監禁籠城
動機 戦後体制の欺瞞に鉄槌を下すため。
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概要編集

1977年(昭和52年)3月3日の夕方4時頃、「憂国道志会」の野村秋介楯の会の元実動部隊班長・伊藤好雄と元会員西尾俊一、大東塾元塾生・森田忠明の4人が“YP体制打倒青年同盟”を名乗り、“戦後体制の欺瞞に鉄槌を下す”目的の下に、ピストル猟銃日本刀を携えて経団連会館に侵入し、職員12名(早い段階で女性ら8人を解放し4人)を人質にとり、7階の会長室に約11時間(翌朝の3時過ぎまで)監禁籠城した(当時の新聞記事では約9時間となっている)[1][2][3][4]

野村は「直接のきっかけは一昨年、新左翼グループが起こしたクアラルンプール事件だ。日本政府は彼らの要求に屈し、五人の獄中犯をやすやすと釈放してしまった」とその影響を述べている。以下のような「YP(ヤルタ・ポツダム)体制の打倒」を訴える檄文を持ち、土光敏夫会長との面会を求めたが、土光は不在で目標を失った[1][2][4]

三島由紀夫森田必勝烈士と楯の会会員が、自衛隊を衷心から敬愛し、かつ信頼していながら敢えてあの市ヶ谷台の挙に及んだに等しく、われわれも敢えて今日この「檄」を日本財界首脳諸氏に対して叩きつける。大東亜戦争の敗北によって廃墟と化した戦後日本の復興に、財界が少なからぬ寄与をし、如何にその指導的役割を果してきたか、これまでの歴史的事実を、われわれは決して軽んずるものではない。しかしその反面において、諸君らの営利至上主義が、どれほど今日の日本を毒し、日本の荒廃と混迷を促し、社会世相の頽廃を煽ってきたか、その罪状看過すべからざるものがある。(中略)

日本の文化と伝統を慈しみ、培ってきたわれわれの大地、うるわしき山河を、諸君らは経済至上主義をもってズタズタに引き裂いてしまった。 環境破壊によって人心を荒廃させ、「消費は美徳」の軽薄思想を蔓延させることによって、日本的清明と正気は、もはや救い難いところまで浸蝕されている。自ら産んだ子供をコイン・ロッカーに平然と遺棄する異常の社会を、君らは、君らが意図したか否かは別として、現実として構築し続けてきた。営利主義の犠牲となった薬品公害患者の苦悩を、君らは一度でも真摯に顧みたことがあるのか。(中略)
しかし、われわれの悲願は、ヤルタ・ポツダム体制そのものの打倒にあるのだ。したがって、諸君らのみをたんに弾劾するつもりはない。日本は大東亜戦争の敗北によって無条件降伏を強いられたが、アメリカを中軸とした戦勝国は戦後処理を徹底的に日本民族の弱体化に置いて敢行して行った。瞭然たるの史実である。その結果が、現今、眼前に晒されている日本の姿である。物質的に豊かになったと言う美辞に弄されるのは錯覚である。日教組の目に余る偏向教育は、青年たちから夢や浪漫や祖国愛を奪い、連帯感や責任感の喪失を顕著にして重大な社会問題を提し、マスコミ、殊にマンモス化した新聞の横暴と跳梁は心ある人々の慨嘆と怨嗟の声を集めている。政治の混迷は祖国日本の基盤そのものさえ揺るがし始めている。

東洋の君子国といわれた日本の栄光は、いまやかけらほども見出すことはできない。すべては日本民族の弱体化を眼目としたヤルタ・ポツダム体制の歴史的呪縛にその源泉を見る。だがしかし、この三十年間に及ぶ戦後体制を最も強力に支えてきた勢力が、金権思想、営利至上主義の大企業体質そのものであったことも韜晦をゆるされぬ事実である。われわれはかくの如く断じ敢えてこの挙に及ぶ。古代ローマは平和を貪ることよって自ら亡んだ。祖国日本が同じ轍を踏むのを座して看過できない。[4]

犯人たちが三島由紀夫を尊敬していたことから、事件現場に三島未亡人瑤子が赴いて説得にあたったところ、これをきっかけに人質たちは全員解放され、野村他籠城犯全員の逮捕に至った[1][2][5][4]

野村は懲役6年[4]、他は懲役5年の判決となり服役した[2]

脚注編集

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出典編集

  1. ^ a b c d 伊藤好雄「召命――隊長三島の決起に取り残されて」(大吼 2008年7月夏季号・第261号)。村田 2015, pp. 292-298
  2. ^ a b c d e 「エピローグ その後の楯の会」(村田 2015, pp. 287-303)
  3. ^ a b 「第五章 野分の後」(彰彦 2015, pp. 231-253)
  4. ^ a b c d e f 「第三章 14-15」(山平 2018, pp. 207-214)
  5. ^ 「三十三 『楯の会』の元会員らによる経団連襲撃事件」(岡山 2014, pp. 164-167)

参考文献編集

  • 岡山典弘 『三島由紀夫外伝』 彩流社、2014年11月。ISBN 978-4779170225 
  • 佐藤秀明; 井上隆史; 山中剛史編 『決定版 三島由紀夫全集42巻 年譜・書誌』 新潮社、2005年8月。ISBN 978-4106425820 
  • 鈴木亜繪美、監修・田村司 『火群のゆくへ――元楯の会会員たちの心の軌跡』 柏艪舎、2005年11月。ISBN 978-4434070662 
  • 中村彰彦 『三島事件 もう一人の主役――烈士と呼ばれた森田必勝』 ワック、2015年11月。ISBN 978-4898317297  - 初刊版は『烈士と呼ばれる男――森田必勝の物語』(文藝春秋、2000年5月。文春文庫、2003年6月)ISBN 978-4163562605ISBN 978-4167567071
  • 野村秋介 『さらば群青―回想は逆光の中にあり』 二十一世紀書院、1993年10月。ISBN 978-4931190764 
  • 村田春樹 『三島由紀夫が生きた時代――楯の会森田必勝青林堂、2015年10月。ISBN 978-4792605322 
  • 山平重樹 『激しき雪 最後の国士・野村秋介』 幻冬舎〈幻冬舎アウトロー文庫〉、2018年10月。ISBN 978-4344428034 

関連項目編集