聖三祝文
聖三祝文(せいさんしゅくぶん、ギリシア語: Τρισάγιος ύμνος トリサギオス イムノス[1], ロシア語: Трисвятое トリスヴャトイェ, 英語: Trisagion)とは、至聖三者に対して[2][3]祈る正教会の祈祷文であり、日本正教会での訳語。「聖三の歌(せいさんのうた)」とも呼ばれる。「トリサギオン」「トリサジオン」は英語等から転写した片仮名表記であるが、日本正教会ではこの表記はほとんど用いられない。
聖体礼儀のほか、他の毎日の奉神礼においても大変頻繁に用いられる。埋葬式でも用いられる。
聖三祝文とは呼ばれないが、同種の祈祷文はカトリック教会にも存在し、聖金曜日に用いられる。ただし使用頻度は正教会に比べると圧倒的に少ない。また、非カルケドン派のコプト正教会でも使用される。
セラフィムの歌
編集聖三祝文はイザヤ書(イサイヤの預言書[4])6章3節で、六翼(りくよく)の天使セラフィムが歌う言葉が原型になっているとされる。「勇毅(ゆうき…力強いの意)」「常生(じょうせい…常に生きるの意)」といった神の属性が聖書で示されている言葉と「我等を憐れめよ」の言葉とが加えられ構成されている。
正教会
編集正教会においては聖体礼儀や時課といった公祈祷、および私祈祷において、極めて頻繁に用いられる。
起源・伝承
編集イサイヤの預言書(イザヤ書)6章3節が原型になっている他、以下のような伝承が伝わっている。
聖プロクル(en)がコンスタンディヌーポリ総主教であった時代に、大地震が起きた。戦慄した人々は、総主教プロクルと共に災害からの救いを願い、十字行を行い祈っていた。この時、一人の少年が天に挙げられた。人々が驚き恐れる中、地上に降りて戻って来た少年は、天では天使達が「聖なる神、聖なる勇毅(ゆうき[6])、聖なる常生(じょうせい)の者や」と歌って、主・神を讃美していたと語った。全民衆はこれに「我等を憐れめよ」の句を付けて祈った。すると地震はやんだという。この時からこの祈祷文が用いられるようになったという。
歌われる場・誦読される場
編集正教会における時課・私祈祷の始まりは「天の王」「聖三祝文」「至聖三者(への祈り)」「天主経」によって開始される。
復活祭期(復活大祭後40日間)にはパスハの讃詞が「天の王」に代わって用いられるが、聖三祝文は年間を通じて用いられない事は無い。
以下の場面で用いられる。
その他殆どの公祈祷で読まれるか歌われる。
特に埋葬式においては、出棺時に歌われる。墓地が埋葬式を行う聖堂から遠く離れておらず、かつ土葬する場合には、墓地まで棺を伴って行進しつつ、先導する詠隊(聖歌隊)が聖三祝文を歌う。この際の聖三祝文は作曲されたものなどを用いず、伝統的な旋律と和声で歌われる。
但しこれは土葬の習慣のある東欧の場合であって、日本では異なっている。日本正教会では聖堂から出棺を行い、火葬場に向う霊柩車に棺をのせるまでの間のみ、聖三祝文を歌う事が一般的である。
日本語祈祷文
編集日本語祈祷文には二種類の翻訳が伝えられている。いずれの訳文も意義は同じであり、ただ奉神礼で歌われる際の譜面が異なるのみである。
各国語祈祷文
編集- ギリシア語: Ἅγιος ὁ Θεός, Ἅγιος ἰσχυρός, Ἅγιος ἀθάνατος, ἐλέησον ἡμᾶς.
- 教会スラヴ語: Святы́й Бо́же, Святы́й крепкий, Святы́й безсмертный, помилуй нас.
- 英語: Holy God, Holy and Mighty, Holy Immortal one, have mercy on us.
- 韓国語: 거룩하신 하느님이시여, 거룩하고 전능하신 이여, 거룩하고 영원하신 이여, 우리를 불쌍히 여기소서.
音楽・作曲
編集聖三祝文は誦経されるほか、様々な旋律・和声で歌われる。他の正教会聖歌と同様、ビザンティン聖歌、グルジア多声聖歌、ズナメニ聖歌、ヴァラーム聖歌(ヴァラーム修道院等に伝えられる聖歌)、バルカン半島の伝統聖歌などの伝統的聖歌体系によるものの他、近現代の作曲家が作曲した歌も数多くある。
主教が司祷する聖体礼儀に用いられる事の多い曲や、埋葬式において用いられる事の多い曲など、場面ごとに用いられる事が多い曲パターンも存在する。
聖三祝文は単体で作曲される事よりも、聖体礼儀の部分などとして作曲される事が多い。従って、以下の2曲にも当然に聖三祝文が含まれる。
また、セルビアのステヴァン・フリスティッチが作曲したパニヒダの冒頭にも、聖三祝文が含まれて居る。
カトリック教会
編集カトリック教会では聖金曜日において、ギリシャ語とラテン語で2つの聖歌隊が歌い交わす。[7]
- ギリシャ語(第一)聖歌隊:Agios o Theos.(聖なる天主よ)
- ラテン語(第二)聖歌隊:Sanctus Deus.(聖なる天主よ)
- ギリシャ語(第一)聖歌隊:Agios ischyros.(聖にして強き者よ)
- ラテン語(第二)聖歌隊:Sanctus fortis.(聖にして強き者よ)
- ギリシャ語(第一)聖歌隊:Agios athanatos, eleison imas.(聖にして不死なる者よ、我等を憐み給え)
- ラテン語(第二)聖歌隊:Sanctus immortalis, miserere nobis.(聖にして不死なる者よ、我等を憐み給え)
脚注
編集- ^ 現代ギリシャ語読み。
- ^ Точное изложение Православной Веры, 3, 10 — святитель Иоанн Дамаскин (ダマスコのイオアンによる「聖三祝文について」)
- ^ Chapter X.—Concerning the Trisagium (“the Thrice Holy”). (ダマスコのイオアンによる「聖三祝文について」)
- ^ 『イサイヤの預言書』…イザヤ書の、日本正教会における呼び名。
- ^ サワオフ…「万軍の」の意。正教会用語集
- ^ a b 「勇毅」…「力強い」の意。"ギリシア語: ἰσχυρός"(現代ギリシャ語:イスヒロス、古典ギリシャ語再建音:イスキュロス)の訳語。「勇気」は誤字。出典:大阪ハリストス正教会:正教用語集
- ^ 訳は「弥撒典書」(チト・チーグレル訳)に依る。
参考文献
編集関連項目
編集外部リンク
編集- 正教会の聖歌:聖ニコライ祭の録音II - ウェイバックマシン(2019年3月30日アーカイブ分) - ニコライ堂で歌われている聖三の歌の録音(MP3)のあるページ。
- 祈り-聖体礼儀(日本正教会公式サイトのページ)
- SERBIAN ORTHODOX CHORAL CHANTS - 視聴可能ページ。セルビア正教会合唱聖歌(近現代の作曲家によるものが中心。フリスティッチ作曲のパニヒダ冒頭に、聖三祝文がある。)
- The Translation of the Trisagion(PDF・英語)