聖断

聖断(せいだん)とは、「天皇の決断」のことである。なおこれには法的規定などはなく、あくまで俗に呼ばれているものだが、日本国内に大きな影響力を持つといわれている。

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概要編集

かねてから天皇のことを「聖上」などと呼び、天皇の事跡や独裁行動に「聖」の字を冠することは多かった。天皇の意思は「叡意」や「叡慮」「大御心」などと言われるが、「聖断」はそれよりも尚、重要な政治的決定を指すものと解されている。

かつてあったとされる「聖断」編集

昭和天皇の「聖断」編集

「激動の昭和」といわれた昭和天皇の在位期には「聖断」も多かったとされる。

  • 二・二六事件…昭和天皇は反乱将校たちに激怒し、徹底した武力鎮圧を命じている。天皇自ら近衛師団を率いて鎮圧に当たると述べたとされる。
  • ポツダム宣言受諾…1945年(昭和20年)8月10日(および14日)、ポツダム宣言の受諾を巡って御前会議が紛糾した際に、当時の鈴木貫太郎首相に促されて天皇自ら受諾の決断を下したとされる。「聖断」といえばほとんどこの例を指す。

昭和天皇の政治関与について編集

そもそも昭和天皇は立憲君主としての役割を自認していたとされ、即位以来、政治に大きく関わることは比較的少なかったとされている。

しかし田中義一内閣の時、昭和天皇が田中義一首相の言動に対して懐疑的になり、侍従長に「田中総理の言ふことはちつとも判らぬ」という言葉を発した。これが田中に伝わり、田中は申し訳ないとして、内閣総辞職した。この事件を、上記の二例に並んで、天皇が政治に関わったとされることがある。

関連項目編集