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芳泉寺(ほうせんじ)は長野県上田市にある浄土宗鎮西派の寺院。号は松翁山円覚院。本尊は阿弥陀如来[1]

芳泉寺
所在地 長野県上田市常盤城3-7-48
位置 北緯36度24分25.2秒
東経138度14分15.9秒
座標: 北緯36度24分25.2秒 東経138度14分15.9秒
山号 松翁山
院号 円覚院
宗旨 浄土宗
宗派 鎮西派
本尊 阿弥陀如来
創建年 天正11年(1583年)
正式名 松翁山円覚院芳泉寺
文化財 小松姫の墓、仙石家霊廟、木造阿弥陀如来立像
法人番号 8100005004086
芳泉寺の位置(長野県内)
芳泉寺
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歴史編集

天正11年(1583年)、真田昌幸上田城の築城に際して小県郡下之条村(後の上田市大字下之条)にあった全称院を上田城下に移転して、常福寺と号したのが始まりとされている[1][2]

慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いの終結後、昌幸の嫡男・真田信之が上田城主となると、当寺を真田氏の菩提寺とした[1][2]元和6年(1620年)、信之の妻・小松姫が亡くなると、当寺を含む三か寺に分骨され一周忌の際に当寺に御霊廟が設けられた[1][2][注 1]

元和8年(1622年)、信之の松代移封に伴い、小松姫の御霊廟も松代城下の大英寺に移転した[1][2]。その後、上田に小諸城主・仙石忠政が入封すると、仙石氏の菩提寺である宝仙寺を当地に移転し、真田氏の庇護にあった常福寺を小県郡下之条村に戻した[1][2]。 寺号が宝仙寺から芳泉寺に改められた時期については定かではないが、忠政の嫡男・仙石政俊の死後とも、小諸から移転した直後からともされている[2]

江戸期には浄土宗の総本山である知恩院の末寺として、上田領の触頭の役割を担っていた[1][2]

文化財編集

 
小松姫の墓

市指定文化財編集

交通アクセス編集

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 小松姫の墓は当寺のほかに埼玉県鴻巣市勝願寺群馬県沼田市正覚寺にある[3]

出典編集

  1. ^ a b c d e f g 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 20 長野県』角川書店、1990年、993-994頁。ISBN 4-04-001200-3
  2. ^ a b c d e f g 平凡社地方資料センター 編『日本歴史地名大系 20 長野県の地名』平凡社、1979年、251-252頁。ISBN 4-582-49020-4
  3. ^ 大蓮院殿の墓”. 沼田市公式ホームページ (2017年4月1日). 2017年4月22日閲覧。
  4. ^ 小松姫の墓(芳泉寺)”. 上田市文化財マップ. 2017年4月22日閲覧。
  5. ^ 仙石家霊廟(芳泉寺)”. 上田市文化財マップ. 2017年4月22日閲覧。
  6. ^ 木造阿弥陀如来立像”. 公益財団法人 八十二文化財団. 2017年4月22日閲覧。
  7. ^ a b 芳泉寺”. さわやか信州旅.net:長野県公式観光Webサイト. 2017年4月22日閲覧。

外部リンク編集