荒砥城 (出羽国)

山形県西置賜郡白鷹町荒砥に存在した日本の城

荒砥城(あらとじょう)は、出羽国置賜郡にあたる現在の山形県西置賜郡白鷹町荒砥甲に存在した日本の城平山城)。城跡は1989年(平成元年)4月5日付で白鷹町指定史跡に指定されている[1]

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荒砥城
山形県
別名 八乙女城
城郭構造 平山城
築城主 荒川清泰
主な改修者 馬場氏、 泉沢久秀
主な城主 大江氏、荒川氏、伊達氏、水野氏(蒲生氏)、泉沢氏(上杉氏)
遺構 曲輪、井戸
指定文化財 白鷹町指定史跡[1]
位置 北緯38度11分13秒 東経140度5分54秒 / 北緯38.18694度 東経140.09833度 / 38.18694; 140.09833座標: 北緯38度11分13秒 東経140度5分54秒 / 北緯38.18694度 東経140.09833度 / 38.18694; 140.09833
地図
荒砥城の位置(山形県内)
荒砥城
荒砥城
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概要編集

八乙女城山(標高212メートル)の山頂から山腹にかけて築かれた荒川氏の居城である。戦国時代には伊達氏の支配下にあり、最上領と隣接する「境目の城」として重要視された。江戸時代には米沢藩五支城[2]の一に数えられて重臣が城主(のち役屋将)を務め、八乙女周辺を統治した。

遺構・復元施設編集

  • 八乙女神社 - 階段の途中には井戸跡もある。
  • 「荒砥城(八乙女城)址と八乙女神社」碑
  • 空堀跡
  • 三の丸跡 - 学校跡地に建造の「荒砥地区コミュニティセンター」入り口になっている。
  • 二の丸跡 - 帯曲輪が現存。
  • 本丸跡 - 神社本殿から、もう一段登った場所に位置し、春には桜が咲く。

周辺施設・関連資料ほか編集

  • 荒砥駅前の案内板 - 荒砥城下のイラスト地図。

交通編集

脚注編集

  1. ^ a b 「文化財一覧」白鷹町公式HP
  2. ^ 館山城鮎貝城小国城中山城荒砥城(館山城を除く4城はのちに「役屋」に改称)。幕末の加増により高畠城が追加。

関連項目編集