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萬福寺(まんぷくじ)は、島根県益田市にある時宗の益田道場である寺院。山号は清瀧山。

萬福寺
萬福寺庭園
萬福寺庭園
所在地 島根県益田市東町25-33
位置 北緯34度40分43.0秒
東経131度51分36.1秒
座標: 北緯34度40分43.0秒 東経131度51分36.1秒
山号 清瀧山
院号 浄光院
宗派 時宗
正式名 清瀧山 浄光院 萬福寺
淸瀧山 淨光院 萬福寺
別称 益田道場
文化財 絹本著色二河白道図
地図
萬福寺 (益田市)の位置(島根県内)
萬福寺 (益田市)
萬福寺 (益田市)の位置(日本内)
萬福寺 (益田市)
法人番号 4280005005310
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目次

歴史編集

平安時代の創建。もとは安福寺と号し、石見中洲浦にあった天台宗の大寺だった。正和2年(1313年)に遊行した第4代呑海が再興し時宗の道場となった。応安7年(1374年)には、益田七尾城益田兼見がこの地に移築し、益田道場浄光院萬福寺と改め、益田氏の菩提寺とした。庭園は雪舟が益田に滞在したときに作庭したものと伝えられており、国の史跡及び名勝に指定されている[1]

文化財編集

  • 万福寺庭園 国の史跡及び名勝
  • 万福寺本堂 国の重要文化財
  • 絹本著色二河白道図 国の重要文化財
  • 旧書院襖絵 県指定有形文化財
    • 紙本墨画楼閣山水図 8面 近景の岩に黒々と墨を加えた描き方から、17世紀後半の雲谷派絵師の作品。
    • 紙本墨画山水図 12面 画風から益田家初代御用絵師・永富等原の作と推測される。
    • 紙本墨画淡彩仕女図 4面 19世紀以降江戸末期の作品。円山派の影響が見られる。
    • 紙本墨画淡彩芦雁図 8面 4面は楼閣山水図と同時代の作。もう半分は仕女図と同じ19世紀江戸末期の作。

参考文献編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 万福寺 益田市観光協会

外部リンク編集