数平面上で複素数 z が点 M を表しているとすれば、z の絶対値は点 M と原点との距離に対応する。

数学における複素数絶対値(ぜったいち、: absolute value, : module; 母数)は、実数絶対値を一般化するものとして、複素数の「大きさ」を測るの実数である。これを用いてガウス平面上の距離を定義することは特に有用である。

複素数 z の絶対値はしばしば |z| と書かれる。複素数 z を代数形式すなわち二つの実数 a, b および虚数単位 i を用いて z = a + bi の形に書けば(a実部および b虚部)、その絶対値は実部と虚部の平方和の平方根:

で与えられる。[注 1]

用語として module を導入したのは Argand英語版, Jean-Robert (1814), “Réflexion sur la nouvelle théorie des imaginaires, suivie de la démonstration d'un théorème d'analyse”, Annales de Gergonne 5: 197-209  で、幾何学的構成による虚数の表現を説明するものとして用いられた[1]

編集

  • 0 の絶対値は 0 である。また非零複素数の絶対値はやはり 0 でない(後述)。
  • 虚部0 である複素数の絶対値は、その実部の(実数としての)絶対値に等しい。すなわち、実数を虚部が 0 の複素数と同一視するとき、複素数の絶対値は実数の絶対値の拡張するものになっている。
  • |1 + i| = 2.
  •  .

性質編集

以下、任意の実数 a, b およびその絶対値をそれぞれ |a|, |b| とし、z あるいは z1, …, zn は複素数とする:

  1.   および  
  2. 非負性:  
  3. 非退化性:  
  4. 乗法性:  
  5.  
  6.   ただし、上線 複素共役を表す。
  7.  
  8. 三角不等式:   より一般に
     
  9. 逆向き三角不等式:  
    • 三角不等式において等号   の成立は   なるとき、すなわち正の実数 λ が存在して  または   と書けるときである。

幾何学的解釈編集

複素数 z を平面上の点と解釈すれば、絶対値 |z|z(の表す点)と原点 0 との距離を表す。ふたつの複素数の絶対差 |x - y| を数平面ににおいてそれら複素数 x, y(の表す点)の間の「距離」と解釈することは有用である。実際、写像 C × CR+; (x, y) ↦ |xy|距離函数の公理を満たす。すなわち、絶対差を標準的な距離函数として、数平面 C距離空間(特に位相空間)にできる。この距離は完備である。

上で述べた非負性・非退化性・乗法性(の一部)と三角不等式の成立により、複素数の絶対値をノルムとして数平面を実二次元ノルム空間とすることができる。さらに複素数の持つ代数的演算は、この標準的な距離空間の位相(ノルム位相ドイツ語版)に関して連続である。特に、絶対値の乗法性により、C は乗法的バナッハ代数(したがって完備ノルム体)を成す。

より代数的な言葉で述べるならば、複素数の絶対値は複素数全体の成す集合に付値体の構造を与えるという意味において「絶対値」(付値)である。複素数の全体は完備アルキメデス付値体になる。

絶対値 1 の複素数編集

写像 z ↦ |z| は複素数の乗法群 (C*, ×) を実数の乗法群 (R*, ×) へ写す群準同型である。この準同型の絶対値 1 の複素数全体の成す集合 U である。したがって U(C*, ×)部分群(特に正規部分群)であり、C円周群と呼ばれる。

写像 xexp(ix) は実数の加法群 (R, +) を円周群 (U, ×) へ写す群準同型である。この準同型は基本周期 2π を持つ周期函数になる。ブルバキ数学原論ではこれを π の定義におく[2]

一般化編集

合成代数のノルム・絶対値編集

任意の合成代数 A は共軛と呼ばれる対合 xx* を備えている。各元 x とその共軛元 x* との積 N(x) := xx*x のノルムと呼ばれる。

実数, 複素数, 四元数 は何れも正定値二次形式によって与えられるノルムを持つ合成代数であり、これら多元体における絶対値は上記合成代数としてのノルムの平方根:

 
で与えられる。

一般には合成代数のノルムは二次形式として不定値となり得るし、等方ベクトルも持ち得る。それでも上記の多元体の場合と同様に非零ノルムを持つ元 x は必ず乗法逆元として x*/N(x) を持つ。

編集

[ヘルプ]

注釈編集

  1. ^ 実数の場合と異なり、複素数の全体は順序体でない(演算と両立する大小関係を持たない)から、実数の場合に通用した z := max{z, −z} の如き定義は(右辺が意味を為さないから)用いることはできない。

出典編集

  1. ^ Argand 1874, p. 122.
  2. ^ ブルバキ 1968, p. 93, 命題 3..

参考文献編集

  • Argand, Jean-Robert (1874), Essai sur une manière de représenter les quantités imaginaires par des constructions géométriques, Paris: Gauthier-Villars 
  • ブルバキ, ニコラ 『実一変数関数論(基礎理論)』 東京出版〈数学原論〉、1968年。 

関連項目編集

外部リンク編集

  • Weisstein, Eric W. "Complex Modulus". MathWorld(英語).
  • absolute value - PlanetMath.(英語)
  • Hazewinkel, Michiel, ed. (2001), "Absolute value", Encyclopaedia of Mathematics, Springer, ISBN 978-1-55608-010-4
  • absolute value, On the real and complex numbers in nLab
  • Definition:Complex Modulus at ProofWiki