西虢

西周・春秋時代の諸侯国

西虢(せいかく)は、姫姓周朝諸侯国、始封の君は季歴の三男で、文王の同母弟の虢叔。周の文王の異母弟の虢仲が封ざれた東虢と区別するために、西虢と呼ばれた。西虢は周代の重要な封国で歴代君主は周天子の手下として重要な役割を果たした。

西虢
西周初年 - 紀元前655年
国姓 姫姓
爵位 [1]
国都 1.虢
(現在の陝西省宝鶏市陳倉区虢鎮街道)
2.上陽
(現在の河南省三門峡市湖浜区会興街道李家窯遺跡)
分封者 周の武王
始祖 虢叔
最後の君主 虢公丑
滅亡原因 により滅亡
史書の記載 1.『春秋左氏伝
(始見は隠公元年)
2.『史記
(始見は巻四・周本紀)
周朝諸侯国一覧
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西虢は紀元前1046年に成立した。を滅ぼした周の武王が父の文王の土地を2人の叔父に封地として与えた。虢仲に与えられた制の地が東虢、虢叔に与えられた雍の地が西虢として知られるようになった。西虢の公は周の朝廷で要職を歴任した。

関連項目編集

引用編集

  1. ^ 陳槃 (2009年11月). 《春秋大事表列国爵姓及存滅表撰異》. 上海市: 上海古籍出版社. pp. 第304頁至第305頁. ISBN 9787532553112 

外部リンク編集