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八世 観世 銕之亟(はっせ かんぜ てつのじょう、1931年昭和6年)1月6日 - 2000年平成12年)7月3日)は、日本の能楽師。本名は観世 静夫(かんぜ しずお)。雪号静雪(せいせつ)。

生涯・業績編集

観世雅雪(七世観世銕之丞)の四男。はじめ祖父・観世華雪(六世観世銕之丞)、次いで父に師事。1934年(昭和9年)『鞍馬天狗』子方で初舞台。1938年(昭和13年)『合浦』で初シテ。1953年(昭和26年)『道成寺』を披く。1954年(昭和27年)第一回能楽渡欧団の一員としてヴェニス国際演劇祭に参加。

長兄観世寿夫が早世し、次兄観世栄夫がいったん能楽を離れたこともあり、父が雅雪と改めた翌年の1980年(昭和55年)に観世銕之丞を襲名した。1992年(平成4年)芸術選奨文部大臣賞受賞。1995年(平成7年)重要無形文化財保持者(人間国宝)に各個認定。1997年(平成9年)紫綬褒章受章。

長男が九世観世銕之丞の観世暁夫。長女の観世葉子は女優。桐朋学園短期大学部演劇科、演劇専攻科卒業後、1976年から1995年まで劇団民芸所属。したまち演劇祭実行委員会委員、台東区アートアドバイザーを務める[1]

脚注編集

関連項目編集