トウ猛女

鄧猛女から転送)
本来の表記は「 鄧猛女」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。

鄧 猛女(とう もうじょ、? - 165年)は、後漢桓帝の2番目の皇后。

経歴編集

南陽郡新野の人。実父の鄧香を早くに亡くし、母の宣氏は梁紀に再嫁した。その後、容姿美しく育った猛女は、孫寿(梁冀の正妻)の養女となり、後宮に入って采女(後漢皇帝の側女)となった。桓帝の寵愛を受け、皇后梁女瑩の死後に貴人に上った。梁冀が誅殺された後、猛女は皇后に立てられ、と改姓した。延熹6年(163年)に実父の身分が判明した後、鄧に復姓した。5人の親族たちも侯爵に封ぜられた。

延熹8年(165年)、桓帝が貴人郭氏を寵愛するようになると、猛女と郭氏の間で多くの確執が生じた。結局、猛女は廃位および暴室送りにされ、まもなく死去した。北邙山の貴族陵墓地に葬られた。

伝記資料編集