メインメニューを開く
アメリカ南北戦争で活動した酒保商人

酒保商人(しゅほしょうにん)は、軍事組織を対象に食料や装備などを販売する商人である。軍隊が自前の兵站組織を持っていなかった時代には軍隊の兵站を請け負っていた。従軍商人という表記もある。

概要編集

酒保商人は連隊長と契約を交わし、連隊の兵士達に食料や武器から賭博・娼婦などの娯楽を供給していた。また、略奪品の買い取りなども行っていた。中世における活動形態は、連隊ごとに専属の酒保商人が付いてきて、軍隊の行軍と共に移動するというものであった。人数は付属する連隊と同等かそれ以上の大所帯になり、炊事洗濯から売春婦まで大勢の女性も連れていた。

軍隊が近代化された第一次世界大戦のころには、軍需物資は軍の輜重部隊が受け持つようになったが、嗜好品や慰安施設などは民間業者に請け負わせていた。現代においても、兵站・整備・物流などを請負う民間軍事会社が中世の酒保商人のように活動している。

古代ギリシア編集

古代ギリシアにおいては、奴隷を含む戦利品を買い取る商人や、食糧を提供する商人が随伴した。スパルタには公認の戦利品売りがおり、競売者は戦利品を兵士や随伴の商人に売った。アテナイペロポネソス戦争のシチリア遠征で食糧を調達する際、現地の住民の市場で買うほかに随伴の商人からも買い、戦利品は対外交易用の市場であるエンポリウムに送った。また、キュロスが遠征を行った際には、アナトリアの小売人やリュディア人による移動食糧市場があった。中立地や敵地では、市場がつねに利用できるとは限らず、特に糧食の補給が重要となった。

ヴィヴァンディエール編集

フランス軍連隊に従軍した女性酒保商人は、ヴィヴァンディエールという。ヴィヴァンディエールは、フランスだけでなく、アメリカ南北戦争の時にも存在した。

大日本帝国軍編集

野戦酒保規程により軍の認可する請負商人に酒保の経営を委託していた。この当時の酒保商人は、嗜好品の販売の経営なども行っていた。

中国編集

  • 中国三国時代、司馬懿との戦争中、長安で軍市を開き、「軍市候」という管理職を置き、潘璋も戦争中には軍市を開いていた(潘璋が富を築いた一因とされる)[1]。呉では永安2年(259年)に兵士が長江に船を浮かべて商業に従事することを警告した詔も出されている(前掲書)。

脚注編集

  1. ^ 金文京 『中国の歴史 A History of China 04 後漢三国時代 三国志の世界』 講談社 2005年 ISBN 4-06-274054-0 p.198.

出典・参考文献編集

関連項目編集