金 光林(キム・グァンニム、1929年 - 2024年6月9日)は、大韓民国詩人。本名は忠男高麗大学校国文科卒[1]

キム・グァンニム
各種表記
ハングル 김광림
漢字 金光林
発音: キム・グァンニム
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略歴

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1929年に咸鏡南道元山(現在は北朝鮮統治下)で生まれる。1946年元山中学校を卒業。画家李仲燮と交流しながら文学授業を行った。北朝鮮の文芸政策に反対し、1947年に南に移った。新聞・雑誌に作品を投稿しながら「国防(국방)」・「戦時文学選集(전시문학선집)」などに詩を発表したが、作品活動を本格的に行い始めたのは、1950年代後半からだった。

1957年初期の作品をまとめ、全鳳健(전봉건)・金宗三(김종삼)と共に連帯詩集「戦争と音楽と希望(전쟁과 음악과 희망)」を出し、詩壇に知られ始めた。

1959年に第1詩集『傷心する接木(상심하는 접목)』を刊行した。この前後に現代詩の同人となり、「母音(모음)」・「現代詩学〈현대시학)』などの時誌を発刊している。

詩人の他に長安大学校朝鮮語版教授を務め、文化公報部KBS韓国外換銀行にも勤務した。

2024年6月9日に死去。享年95[1]

作品

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詩集

  • 『傷心する接木(상심하는 접목)』(白磁社、1959年)
  • 『心象の明るい影(심상의 밝은 그림자)』(中央文化社、1962年)
  • 『午前の投網(오전의 투망)』(モウム社、1965年)
  • 『鶴の墜落(학의 추락)』(ムンウォン社、1971年)
  • 『葛藤(갈등)』(ムンウォン学、1973年)
  • 『真冬の散歩(한겨울 산책)』(千文出版社、1976年)
  • 『言葉で作った鳥(언어로 만든 새)』(文学芸術社、1979年)
  • 『真っ直ぐに立つ時、独楽は鳴く(바로 설 때 팽이는 운다)』(ソムン堂、1982年)
  • 『天上の花(천상의 꽃)』(ヨンオン文化社、1985年)
  • 『言葉の砂漠で(말의 사막에서)』(文学アカデミー、1989年)
  • 『ありのままに(곧이곧대로)』(文学世界社、1993年)
  • 『白昼の灯火(대낮의 등불)』(高麗院、1996年)
  • 『病んだ男(앓는 사내)』(ハンヌリミディア、1998年)
  • 『手放したフープ(놓친 굴렁쇠)』(プルイプ文学、2001年)

脚注

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  1. ^ a b 김용래 (2024年6月9日). “한국시인협회장 지낸 원로시인 김광림 별세…향년 95세(종합)” (朝鮮語). 연합뉴스. 2024年6月9日閲覧。