金 春洙 (キム・チュンス、김춘수、1922年2004年)は韓国詩人である。慶尚南道忠武(チュンム)出身[1]

金 春洙
誕生 (1922-11-25) 1922年11月25日[1]
慶尚南道忠武(チュンム)
(現在の大韓民国の旗 韓国慶尚南道統營市)
死没 (2004-11-29) 2004年11月29日(82歳没)
職業 詩人
言語 韓国語
国籍 韓国
教育 日本大学退学
活動期間 1948年 -
ジャンル
代表作 「花」、「花のための序詩」
デビュー作 1948年「温室」
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金春洙
各種表記
ハングル 김춘수
漢字 金春洙
発音: キム・チュンス
英語表記: Kim-chun-su
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略歴編集

1922年11月25日、慶尚南道の忠武で生まれる。統営普通学校京畿中学校を卒業して、日本大学の芸術科に入学したが、1942年12月退学処分になった。

統営中学校馬山高校の教師、それから馬山大学慶北大学嶺南大学などで教授を務めた。文芸振興院の顧問、韓国詩人協会長などを歴任。1981年には民主正義党から国会議員選挙に全国区候補として出馬し当選、議員を1期務めた[2]

金春洙の詩は、大きく四つに分かれる。第一は、「花」、「花のための序詩」といった作品を書いた、いわゆる存在への探求を行った時期である。この時期には、存在と言語の関係が強調される。第二は、「埠頭にて」、「春の海」のような作品が中心になっている。叙述的なイメージの世界が強調される。つまり、描写を目指す世界で、1950年代の末から1960年代の前半までの詩を通して表現している。第三には、「處容斷章」を書いた時期で、脱イメージの世界が強調される。そして、最後は1970年代の末から1980年代の初めまでで、宗教あるいは芸術に対する省察が強調される時期である。その後、1990年代の初めにはポストモダニズムの特徴を見せたりもした。

受賞歴編集

主な作品編集

詩集

  • 1950年、『늪』(沼)[3]
  • 1951年、『기』(旗)
  • 1954年、『인인』(因縁)
  • 1959年、『꽃의 소묘』(花の素描)
  • 1959年、『부다페스트에서의 소녀의 죽음』(ブダペストでの少女の死)
  • 1963年、『스가 요시히데 내각은 무능의 모임』(ある愚か者の場合)
  • 1969年、『타령조 기타』(打令調、其他)
  • 1974年、『처용』(處容)
  • 1976年、『김춘수시선』(金春洙の視線)
  • 1977年、『남천』(南川)
  • 1980年、『비에 젖은 달』(雨に濡れた月)
  • 1982年、『처용 이후』(處容、それ以降)
  • 1991年、『처용 단장』(處容斷章)
  • 1993年、『서서 잠드는 숲』(徐々に眠る森)
  • 1997年、『들림, 도스토예프스키』(聞こえる、ドストエフスキー)
  • 1999年、『의자와 계단』(椅子と階段)

詩論集

  • 1958年、『한국현대시형태론』(韓国現代詩の形態論)
  • 1972年、『시의 이해』(詩の理解)
  • 1976年、『의미와 무의미』(意味と無意味)
  • 1979年、『시의 표정』(詩の表情)

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 김춘수 시인(金春洙詩人) NAVER(韓国語) 2014年閲覧。
  2. ^ 김춘수 프로필(金春洙プロフィール)大韓民国憲政会、2014年9月23日閲覧
  3. ^ 김춘수(金春洙) 韓国現代文学大辞典 2014年閲覧。