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長崎県道11号佐世保日野松浦線

日本の長崎県の道路

長崎県道11号佐世保日野松浦線(ながさきけんどう11ごう させぼひのまつうらせん)は、長崎県佐世保市から松浦市に至る県道主要地方道)である。

主要地方道
Japanese Route Sign Number 1.svgJapanese Route Sign Number 1.svg
長崎県道11号標識
長崎県道11号 佐世保日野松浦線
主要地方道 佐世保日野松浦線
地図
Nagasakiroad011map.jpg
起点 佐世保市干尽町【地図
終点 松浦市志佐町浦免【地図
接続する
主な道路
記法
西九州自動車道
Japanese National Route Sign 0204.svg 国道204号
Japanese Route Sign Number 2.svgJapanese Route Sign Number 6.svg
都道府県道26号標識
長崎県道26号佐世保港線
Japanese Route Sign Number 4.svgJapanese Route Sign Number 0.svg
都道府県道40号標識
長崎県道40号佐世保吉井松浦線
Japanese Route Sign Number 5.svgJapanese Route Sign Number 4.svg
都道府県道54号標識
長崎県道54号栗木吉井線
Japanese Route Sign Number 5.svg
都道府県道5号標識
長崎県道5号伊万里松浦線
テンプレート(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路

目次

概要編集

北松浦半島を南北に縦貫する。本来は1本の県道ではなく、1955年に主要地方道として第一次認定を受けた佐世保志佐線や1958年に認定を受けた佐世保鹿町線・相浦港本山線などを再編したものである。そのため、場所によって、さまざまな風景に出会える。

起点は長らく佐世保市中心部の国道35号松浦町交差点だったが、佐世保みなとインターチェンジの開業にともない、2000年代にみなとIC入口を起点に切り替えた。新起点区間(干尽町‐平瀬町)は旧市道で、旧海軍施設を民間に開放した際に付設された戦後の道路で、佐世保競輪場や佐世保海上保安部が沿線にある。4車線で、西九州自動車道の高架下を通る。佐世保駅裏区間を経て、旧市街地の臨港地区に進む。

1968年航空母艦エンタープライズ入港阻止闘争の舞台となった佐世保川の平瀬橋を渡ると、旧佐世保鎮守府構内道路区間に入る。旧ジョスコー線跡と平行に米軍基地内を東西に横断、米軍ゲート前でSSKバイパス(市道佐世保相浦循環線)が分岐し、県道26号との重複区間に入る。重複区間も中央分離帯つき4車線。

重複区間から山側に鋭角に方向転換して、旧来の11号単独区間に入る。佐世保中央インターチェンジを迂回し、佐世保軍港開港後に発展した住宅街に分け入っていく。佐世保軍港開港に際し、沿岸部に住んでいた住民を立ち退かせ、代替地として開かれた断崖上の古い土地である。このため、戦前のメインストリートと別に戦後規格の歩道つき2車線道路が新設され、県道は戦後規格の道をたどる。断崖上にあるため、勾配がところどころにあり、カーブも多い。戦後も佐世保重工業従業員が主に定住したため、住宅や商店、町工場が沿線に並び、交通量は多い。日野峠を通過して相浦地区に入る。このルートは、戦前に相浦地区の炭鉱と佐世保市街を結ぶために整備された。1車線の旧道は山沿いに残っている。

鹿子前入口交差点でSSKバイパスと合流し、再び4車線に戻る。1969年に長崎県で開かれた創造国体に備えて整備された区間で、佐世保会場となった総合グラウンドは現在もスポーツ施設として活用されている。沿線はロードサイドショップが林立する。長崎県立大学前を通過し、木宮町の交差点で旧佐世保鹿町線区間は終わる。交差点で合流する旧相浦港本山線区間に入ると、4車線は国道204号合流まで続くものの、ロードサイドショップはまばらになる。相浦市街地を抜けて佐々町方面に抜ける交通が多いため、旧相浦港本山線区間は交通量が減る。しかし相浦中里インターチェンジが設置され、交通量は激増傾向にある。

下本山交差点から吉岡町まで、国道204号との重複区間が約2km続く。相浦川を渡って2車線の旧佐世保志佐線区間に入る。支流の小川内川左岸を遡っていくが、一部に1車線区間が残っている。県道40号妙観寺トンネル経由新道が開通したので、1車線区間の拡幅工事が進行している。県道40号新道と分岐すると、地元では「菰田越え」と呼ばれる世知原地区へ向かう山岳ルートに入る。このルートは西肥バスの菰田世知原線にあたり、便は1日8往復。菰田ダムを除くと大規模な施設はない。分岐からまもなくセンターラインが消え、1.5-2車線で江里峠を目指す。江里峠直下の連続カーブ区間は道路が拡張されている。峠を越えて世知原地区に入ると、センターラインが復活する。高台の棚田や茶畑の区間を通過すると、山林の中を連続ヘアピンカーブで一気に世知原の市街地に下りていく。最後のカーブで幅員が一気に狭くなり、路線バスとの離合は困難である。バスの全幅いっぱいの狭い道となり、世知原の市街地を横断する。

世知原から市境の椋呂路峠下までは、北松広域農道の区間に取り込まれており、ルート変更を伴う大規模な整備が行われている。このため、長崎県道54号栗木吉井線との重複区間は分岐変更のために200m程度に伸びている。麓付近はセンターラインなしの2車線だが、中腹からセンターラインが設置され、カーブ緩和のための急勾配ショートカットが随所に現れる。椋呂路峠下で北向きに農道と分岐するが、県道は1車線に減少する。急勾配を1車線で上り詰め、峠は拡張されたヘアピンカーブで乗り越す。世知原市街地とともに数少ない1車線区間で、松浦市横辺田付近には大型車への警告看板が建っている。峠を乗り越すと松浦市に入る。世知原-松浦駅間も西肥バスの路線(1日5往復)で、椋呂路峠の次のバス停は長坂(経由名)。1km程度の1-1.5車線区間を抜けると、センターラインはないものの、カラー舗装で色分けされた2車線区間に入る。山林の中を走るうえにカーブが多く、見通しは悪い。下るにしたがって、農地や集落が増えてくる。県道5号と合流すると、志佐川左岸の断崖下を通る。

赤木免付近からセンターラインが設定され、松浦市街に近づく。メインルートは松浦市役所横を通過して松浦駅に到達するが、県道は市街地入口の三叉路で分岐する。商店・オフィス街を抜けると、幅員の狭い旧商店街に入る。新商店街に比べて人通りは少なく、交通規制はない。300mほどの商店街を抜け、蓮田橋交差点で国道204号と合流し、県道は終点となる。

路線データ編集

歴史編集

路線状況編集

重複区間編集

道の駅編集

地理編集

通過する自治体編集

交差する道路編集

 
佐世保市椎木町周辺
 
佐世保市矢岳町付近の長崎県道11号。左に見える4車線の道も県道11号である(画像の手前側、佐世保市消防局前の信号でV字状に折れ曲がる)

脚注編集

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  1. ^ s:道路法第五十六条の規定に基づく主要な都道府県道及び市道 - 平成五年五月十一日建設省告示第千二百七十号、建設省

関連項目編集