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静川遺跡(しずかわいせき)は、北海道苫小牧市周辺にある苫東遺跡群の一つ。苫東遺跡群は、旧石器時代よりアイヌ期にかけての遺跡が確認されているが、その中でも静川遺跡は、余市式土器群を出土する縄文時代の遺跡であり、集落の周りを環濠で区画されている。縄文時代の環濠集落は、国内からの発見例はほかになく、特異なものである[1]

概要編集

静川遺跡は、苫小牧市から厚真町早来町鵡川町にまたがる厚真台地上にある。1982年昭和57年)の調査で、東西に双頭状に分かれた台地上から、縄文時代早期から続縄文時代までの土器、石器や装身具類18万点が発掘された。

東側のA地区からは、幅0.3〜3m、深さ1〜1.8m、全長139mにおよぶV字状の環壕と直8mほどの建造物跡2棟が出土した。この環壕は縄文時代末期のものと考えられている[1]。また、西側のB地区からは、環壕とほぼ同時期のものと考えられる竪穴住居跡33軒、墳墓、落し穴、土器片囲炉、焼土跡など多数の遺構が発掘された。

静川遺跡は集落と環壕が一体となった、日本では他に例がない貴重な学術資源である。

環濠の目的編集

弥生時代の環濠集落が集落を守る防御施設であるのに対して、静川遺跡の場合は環濠の外に多くの住居跡があることから、防御施設とは考えられず、その目的は諸説あり定まっていない[2]。なお、環壕は現在埋め戻されているため、見ることはできない。

出典編集

参考文献編集

  • 文化財保護全国協議会「新版遺跡保存の辞典」、平凡社、2006年5月。
  • 苫小牧縄文会『会報2005年8月創刊号』(レポート)、、2005年8月。

関連項目編集

外部リンク編集