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須田 永秀(すだ ながひで)は、戦国時代武将二階堂氏の家臣。岩瀬郡和田城主。須田盛秀の祖父。

 
須田永秀
時代 戦国時代
生誕 文明17年(1485年
死没 元亀3年(1572年)?
官位 主膳正
氏族 須田氏
父母 父:須田吉秀
兄弟 永秀越中守政秀
秀行

略歴編集

文明17年(1485年)、須田吉秀の子として誕生。

天文元年(1532年)に行われた白河結城氏との合戦では、白河氏の長男の刀之助を討ち取る活躍をしたという。刀之助が何者であるかは定かではないが、時期的に結城義綱の子で、晴綱の兄と推測できる。

史料では没年は文亀3年(1503年)となっているが、それでは子・秀行が生まれる22年前に死没したことになるため、文亀ではなく元亀の誤記と思われる。

出典編集

  • 『岩瀬郡須田氏の興亡』