高久光雄
高久光雄(たかく みつお、1946年3月31日 - )は、日本の音楽ディレクター、音楽プロデューサー、経営者。血液型B型。
経歴 編集
東京都大田区出身。祖父は実業家、父はマンドリン奏者の高久肇という家に育つ[1]。 明治学院大学経済学部卒業後、日本コロムビアに入社し、エイプリル・フールなどをプロデュース。1971年に、EPIC班(のちのEPICソニーレコード)に移り、音楽ディレクターとして、ミシェル・ポルナレフ、矢沢永吉、プロデューサーとして、南佳孝などを、次々にヒットさせる。その後、キティMME、ユニバーサル インターナショナル、ドリーミュージックなどの社長兼CEOを経て相談役。日本レコード協会監事。
エピソード 編集
矢沢永吉の楽曲「Mr.T」のモデルとしても知られる。
ミシェル・ポルナレフのヒット曲「シェリーに口づけ」という邦題は高久の考案によるもの(「ウル12号」(ペヨトル工房)所収「シェリーの言いわけ」より)。
主な担当アーチスト 編集
関連項目 編集
- 須藤晃(CBSソニー時代のアシスタント)