高階経成

平安時代後期の貴族。正四位下・常陸介

高階 経成(たかしな の つねなり、治安元年(1021年) - 天永2年(1111年)4月)は、平安時代後期の貴族美濃守高階業敏の子。官位正四位下常陸介

経歴編集

白河朝にて丹波守丹後守備後守を歴任し、のち、位階正四位下に至る。

康和5年(1103年)2月に高階能遠が常陸介に任ぜられるが[1]、4月に辞退したため、後任として経成がこれに任ぜられる。長治2年(1105年参議藤原宗忠の邸宅に訪れた際、85歳にして起居が軽やかで素早く、目も耳もしっかりしているなど、老いても健康な様子は公卿諸大夫に比する者がないとして、宗忠を驚かせている[2]。常陸介を辞したのち出家し、天永2年(1111年)4月に卒去

勅撰歌人として、『金葉和歌集』に和歌作品1首が採録されている[3]

官歴編集

系譜編集

注記のないものは『系図纂要』による。

脚注編集

  1. ^ 『本朝世紀』
  2. ^ 『中右記』長治2年12月11日条
  3. ^ 『勅撰作者部類』
  4. ^ 『栄花物語』巻38
  5. ^ 『石清水文書』5-417
  6. ^ 『法勝寺供養記』『諸寺供養記』
  7. ^ 『平安遺文』1198
  8. ^ 『殿暦』『中右記』『本朝世紀』
  9. ^ 『朝野群載』第7
  10. ^ 『中右記』天永2年4月24日条
  11. ^ 『中右記』永長元年12月27日条

参考文献編集