龐 徳公(ほう とくこう、163年? - 没年不詳)は、中国後漢末期の人物。襄陽名士であり、人物鑑定の大家。中国襄樊帶の民間伝承では子魚としている。一方で『宋書』や『四庫全書・巵林』においては尚長となっている。子は龐山民。孫は龐渙。従子龐統。なお、西涼龐徳とは名前が似ているが、全くの別人である。

龐 徳公
『晩笑堂竹荘畫傳』より
『晩笑堂竹荘畫傳』より
後漢
名士 人物鑑定家
出生 163年?
襄陽
子魚(尚長)
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荊州の襄陽に住み、親交があった司馬徽を「水鏡」、諸葛亮を「臥龍」、そして龐統を「鳳雛」と名付けたという。正史『三国志』では、劉備劉表客将だった頃に司馬徽を訪ねた際、その弟子の牧童が劉備に話した言葉の中に、龐統の従父としてその名が言及されている。また、子は諸葛亮の姉と結婚しており、諸葛亮とは縁戚関係にあたる。

参考文献編集