鶴谷 登(つるたに のぼる、1940年昭和15年)2月25日[1] - 2007年平成19年)1月7日)は、昭和時代から平成時代にかけての洋画家版画家。県芸文協理事、県洋画連盟委員長、県美術連合会長を歴任。県文化功労賞、文部科学大臣表彰。富山5人展の1人。

鶴谷登
生誕 1940年2月25日
富山県高岡市
死没 (2007-01-07) 2007年1月7日(66歳没)
富山県高岡市
国籍 日本の旗 日本
著名な実績 シルクスクリーンリトグラフ
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経歴

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富山県高岡市に生まれる。1963年(昭和38年)に渡米しシルクスクリーンの技法を習得。フィラデルフィア「プリントクラブ展」でジョージ・ロス賞を受賞し1969年(昭和44年)に帰国。2002年(平成14年)、第三回北日本美術大賞展で特別賞を受賞、福光美術館で回顧展。

2007年1月7日、心筋梗塞のため死去[1]

作品

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  • 「WORK NO,7」
  • 「作品85-9」[2]
  • 「御車山祭」
  • 「一番街通」
  • 「二番町」
  • 「小馬出町」
  • 「木舟町」
  • 「守山町」
  • 「御馬出町」
  • 「通町」
  • 「30の舞」
  • 「けんか山祭」
  • 「港町」
  • 「宵宴」

出典

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  1. ^ a b 『現代物故者事典2006~2008』(日外アソシエーツ、2009年)p.426
  2. ^ 作品85-9 洋画分野所蔵作品紹介 –富山県

関連項目

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