青木 武三(あおき たけぞう、1894年明治27年)3月21日[1][2] - 1982年昭和57年)8月6日[1][2])は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将

経歴

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山口県出身[1][2][3]。岩国中学校(現山口県立岩国高等学校)を卒業し、1915年(大正4年)5月、陸軍士官学校(27期)を卒業[1][2][4]。同年12月、歩兵少尉に任官し歩兵第21連隊付となる[1][4]1919年(大正8年)5月、操縦術を修了し、同年12月、航空第2大隊付となる[1]。航空第3大隊付を経て航空第3大隊中隊長に就任し、1925年(大正14年)5月、兵科航空兵に転じ航空兵大尉となる[1]。以後、明野陸軍飛行学校教官、陸軍航空本部員、第2飛行集団司令部員、同参謀、飛行第33戦隊長を歴任し、1939年(昭和14年)3月、航空兵大佐に昇進した[1][3]

1940年(昭和15年)8月、第12飛行団長となり満州に赴任[1][2][3]。明野陸軍飛行学校幹事、同校長を務め、1943年(昭和18年)3月、陸軍少将に昇進[1][3]1944年(昭和19年)6月、明野陸軍飛行学校が明野教導飛行師団に改編され同師団長に就任[1][2][3]。第30戦闘飛行集団長充用を兼ね、1945年(昭和20年)7月、陸軍中将に進み第20戦闘飛行集団長に転じて、高松市本土決戦に備えて終戦を迎えた[1][2][3]。同年12月、予備役に編入された[1][2][3]

1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[5]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 『日本陸海軍総合事典』第2版、5頁。
  2. ^ a b c d e f g h 『日本陸軍将官辞典』14頁。
  3. ^ a b c d e f g 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』379頁。
  4. ^ a b 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』369、379頁。
  5. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」1頁。

参考文献

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  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。