前田治 (陸軍軍人)

大日本帝国陸軍軍人

前田 治(まえだ おさむ、1887年明治20年)4月27日[1] - 1940年昭和15年)5月21日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。功三級[2]

前田 治
生誕 1887年4月27日
日本の旗 日本 兵庫県
死没 (1940-05-21) 1940年5月21日(53歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1907年 - 1940年
最終階級 陸軍中将
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経歴

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1887年(明治20年)に兵庫県で生まれた[1]陸軍士官学校第19期、陸軍大学校第32期卒業[1]1931年(昭和6年)8月に陸軍砲兵大佐に進級し[2]、野砲兵第3連隊長に就任した[2]1932年(昭和7年)に陸軍重砲兵学校教官に転じ[2]1933年(昭和8年)に砲兵監部[2]1934年(昭和9年)に陸軍省兵器局銃砲課長[2]1935年(昭和10年)に陸軍重砲兵学校幹事を歴任した[2]

1936年(昭和11年)3月に陸軍少将に進級し[3]1937年(昭和12年)に野戦重砲兵第2旅団長に着任[1]1938年(昭和13年)3月1日陸軍造兵廠総務部長に転じ[1]7月15日陸軍野戦砲兵学校長に就任した[1]1939年(昭和14年)3月9日に陸軍中将に進級し[3]、新設された第35師団長に親補され[1]日中戦争に出動[1]黄河北岸の新郷に駐屯し[1]、魯南作戦などで指揮を執ったが[1]、在職中の1940年(昭和15年)5月21日に北支で死去[1][4]

栄典

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勲章

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l 福川 2001, 661頁.
  2. ^ a b c d e f g 外山 1981, 243頁.
  3. ^ a b 外山 1981, 242頁.
  4. ^ 太平洋戦争研究会 2010, 284頁.
  5. ^ 『官報』第3682号「叙任及辞令」1939年4月17日。

参考文献

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  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026 
  • 太平洋戦争研究会 編著『日本陸軍将官総覧』PHP研究所、2010年。ISBN 4569775527