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画像提供依頼:実物の画像提供をお願いします。2016年12月

わら半紙(わらばんし、藁半紙)は、日本の明治初期に木綿ウエスわらを原料に生産された半紙判の洋紙である。実際にわらを原料としたのは生産開始直後の数年のみで、以降は木材パルプや古紙を原料とする中質紙や更紙(ざらがみ、ざらし)を示す名称として使われている。メーカーによっては「更半紙(ざらばんし)」「洋半紙(ようばんし)」とも呼称している。

概要編集

洋紙の国産化を目指して設立された東京府北豊島郡王子村(現・東京都北区王子)の「製紙会社」(のち王子製紙株式会社)が1882年、操業開始にあたって木綿のウエスとわらを原料に生産を始めた日本特有の洋紙である[1]。数年後の1889年ごろには原料の木材パルプへの切り替えが始まり[1]、上質紙に比べ白色度に劣る中質紙や更紙などを示す名称として残った。これ以降は、太平洋戦争直後の混乱期に一時わらを用いた可能性は完全に否定できないものの、少なくとも戦前戦後を通じ、わらを原料に使用したという記録はない[1]

原料は木材パルプと古紙で[1]、一般的な製品は白色度50%前後の明灰色である。リグニンを除去していないため上質紙に比べ比較的短期間で黄色く変色し、長期間の保存にはあまり適さない。また筆記用具によっては破れやすい特性を持つ。坪量米坪48g/m2(厚さ0.06mm相当)程度で、俗に「コピー用紙」と呼ばれる上質紙よりも薄いのが特徴である。

かつては一般にもっとも馴染み深い洋紙で、1960年までは消費者物価指数の調査対象品目となっていた[2]。以降も日本において謄写ファックス印刷を含む謄写版が学校や企業、官公庁の事務現場で一般的に用いられていた1980年代半ばまで、事務印刷の用紙として多用されたが、PPC複写機が普及し、事務作業のOA化が進んだ1990年代以降はその地位を上質紙に取って代わられ、製紙会社の受注量は減少している[1]

脚注編集

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  1. ^ a b c d e 「ハテナの行方6『わら半紙』消えた?」『佐賀新聞』2006年7月19日付、佐賀新聞社
  2. ^ 「時代映す輸入品増加 消費者物価指数の調査対象、切り替え」『北海道新聞』朝刊1996年8月30日付14面、北海道新聞社

関連項目編集