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プラヤーガラージ (प्रयागराज, پریاگراج , Prayāgrāj) (古い名前: イラーハーバード Allahabad, इलाहाबाद / إلٰه ‌آباد Ilāhābād)は、インド北部ウッタル・プラデーシュ州都市である。人口101万人。プラヤーグの名でも知られる[1]

プラヤーガラージ

प्रयागराज, Prayāgrāj
Allahabad Montage II Dec 2014.jpg
インドの旗 インド
ウッタル・プラデーシュ州
イラーハーバード県英語版
標高
98m
人口
(2001年)
 • 合計 1,015,348人人
等時帯 UTC+5:30 (IST)

日本では英語名称に由来するアラーハーバードという表記が多いが、現地での名称はペルシア語の「イラーハ」(إله「神」:アラビア語からの借用語で、イスラームなどのセム系一神教における「(唯一絶対の)神」ではなく、一般名詞としての「神」)と「アーバード」(آباد「都市」)に由来する。これはムガル皇帝アクバルが提唱した「ディーネ・イラーヒー」という思想・信仰に由来している。

ガンガー(ガンジス川)とヤムナー川の2つの大河(伝説上では地下を流れているとされるサラスヴァティー川も加えて3つ)が合流するヒンドゥー教聖地、サンガム英語版त्रिवेणी संगमまたはसंगम)が街の直ぐ近くに位置している。かつてこの町はプラヤーガ(犠牲を捧げる地)と呼ばれた巡礼地だった[2]

イラーハーバードの西にはかつての十六大国のひとつであるヴァツサ国の首都カウシャーンビーがあった。イラーハーバードにはアショーカ王の石柱(紀元前3世紀)があるが、はじめカウシャーンビーに建てられたものが後にイラーハーバードに運ばれたものと考えられている[3]サンスクリットの韻文と散文の混合形式で書かれたグプタ朝サムドラグプタ王の石柱(4世紀)もイラーハーバードにあり、サンスクリットが碑文の言語として確立した最初期の例として重要である[4]。『大唐西域記』には鉢羅耶伽(プラヤーガ)国の東に2つの川の交流点があり、人々はここで死ぬと天に生まれ変わると信じて自ら命を断つことを記している[5]

その後、町はいったん衰退するが、ムガル帝国のアクバルによって1583年に要塞が築かれた[6]。1622年にフスロー王子が殺された後イラーハーバードに埋葬され、巨大な霊廟(フスロー・バーグ)が建設された[7]

1765年にはイギリス東インド会社とムガル帝国の間でアラーハーバード条約が結ばれ、その後は徐々にイギリスの植民地化していった。1858年にイギリスによる直接統治が始まると、イラーハーバードは1920年まで北西州(後に連合州、現ウッタル・プラデーシュ州)の州都であった。

著名な出身者編集

脚注編集

  1. ^ アンソニー・テイラー『世界の聖地バイブル : パワースポット&スピリチュアルスポットのガイド決定版』ガイアブックス、産調出版、252ページ、2011年、ISBN 978-4-88282-780-1
  2. ^ Monier Williams (1872). A Sanskrit-English Dictionary. Oxford: Clarendon Press. p. 639. http://www.sanskrit-lexicon.uni-koeln.de/scans/MW72Scan/2014/web/webtc/servepdf.php?page=0639. 
  3. ^ Salomon (1998) p.138
  4. ^ Salomon (1998) p.92
  5. ^ 水谷訳 pp.219-228
  6. ^ Allahabad Fort, Uttar Pradesh Tourism, Goverment of Uttar Pradesh, http://uptourism.gov.in/post/allahabad-fort 
  7. ^ Khusro Bagh, Uttar Pradesh Tourism, Goverment of Uttar Pradesh, http://uptourism.gov.in/pages/top/experience/khusro-bagh-explore 

参考文献編集

  • Salomon, Richard (1998). Indian Epigraphy. Oxford University Press. ISBN 0195099842.