ウイグル人』(原題: ئۇيغۇرلار、中国語: 維吾爾人、英題: The Uyghurs)は歴史家のトルグン・アルマスによる新疆ウイグル自治区におけるウイグル民族の「6,000年の歴史」に関する著作である[1]。本書は中国1989年に出版され、中国での学問の自由少数民族に関する自由化の最盛期に出版された作品でもある[1]。本書は中ソ対立の時代においてソビエト連邦の歴史学に基づく「代替ウイグルの歴史」を提示し、ウイグル人こそが新疆ウイグル自治区の歴史的な統治者で自治区は独立国家であるべきだとする説を掲げた[2]。本書は「東トルキスタン」という用語を用いた最初の本の1つでもあり、独立した中央アジアの国家の集合体である「西トルキスタン」とは一種の親戚関係であると示唆している[2]漢王朝以来この地域は中国の不可分な領土であったとする新疆の歴史に関する中国政府の公式見解とは対照的に[3]、本書は国家主義的な見地から、歴史上多くの「ウイグル」国家が中国に対して独立していると述べている[4]

トルグン・アルマスは様々な説を証明するために中国とソビエト連邦双方の資料を集め、その中にはタリムのミイラ英語版が示す「ウイグルは中国文明より古い」とする説や「ウイグルが四大発明の発明者である」という説が含まれる。本書は「ユダヤ人が3,000年経って祖国を取り戻せるのならば、ウイグルも3,000年から6,000年経って祖国を取り戻せるだろう」と結論付けている[5]。ウイグル人の間で本書が人気になった結果、1991年2月に新疆ウイグル自治区の中国共産党宣伝部と新疆の社会科学アカデミーが学会を開き『ウイグル人』や『匈奴簡史』『古代ウイグル文学』などアルマスの書籍3冊に関する歴史学的な議論を繰り広げた。異なる民族から140人以上の歴史家や民俗学者考古学者、そして文学のスペシャリストが新疆ウイグル自治区や北京から集まって本書の内容を精査し、「歴史を歪めねつ造した」と結論付けた[3]。中国政府は「トルグン・アルマスの『ウイグル人』における100の間違い」と題したパンフレットをすぐに出版し、本書の欠陥を公表したが、これは本書に対する興味を引き起こすという逆効果をもたらした[6]。また、1992年4月には新疆人民出版社から馮大真主編による『「ウイグル人」等三冊の本の問題に関する討論会論文集』(原題: 《維吾爾人》等三本書問題討論会論文集)も出され、体制側の学者により「トルグンは中国が古来より統一多民族国家であるという事実や中原の漢族とも経済・文化の相互影響を無視し、ウイグル族の歴史を独立史として描いている」と批判された[7]。本書はその後発禁処分となり、アルマスもウルムチ市軟禁された[8]

翻訳

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本書は発禁処分となった後も、漢民族側の歴史観によらない「伝説の書」としてひそかに受け継がれ[9]1993年にロシア語版が[10]2010年4月19日にトルコ語版が[11]2019年12月20日に日本語版が出版された[12]。なお、日本語版によると、トルコ語版は再販本という位置付けである。

脚注

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  1. ^ a b Westerlund, David; Svanberg, Ingvar (1999). Islam Outside the Arab World. Palgrave Macmillan英語版. p. 208 
  2. ^ a b Bellér-Hann, Ildikó; Cesàro, M. Cristina; Finley, Joanne Smith, eds (21 Dec 2007). Situating the Uyghurs between China and Central Asia. Anthropology and cultural history in Asia and the Indo-Pacific. Ashgate英語版. p. 42. ASIN 0754670414. ISBN 978-0-7546-7041-4. NCID BA89868161. LCCN 2007-25280. OCLC 804585108 
  3. ^ a b Dillon, Michael (June 2004). “Part II: Turkic opposition and CCP response”. Xinjiang: China's Muslim Far Northwest. Durham East Asia Series. Psychology Press. p. 52. ISBN 9781134360963. OCLC 1199129294. https://books.google.com/books?id=1ia-2lDtGH4C&pg=PA52 
  4. ^ University of Michigan Center for Chinese Studies; Ohio State University East Asian Studies Center (1997). Twentieth-century China. Twentieth-Century China, New York. p. 124. 
  5. ^ Starr, S. Frederick (2004). “Part V. The Indigenous Response”. Xinjiang: China's Muslim Borderland. Studies of Central Asia and the Caucasus. M. E. Sharpe英語版. p. 315. ISBN 9781317451372. OCLC 905920805. https://books.google.com/books?id=XuvqBgAAQBAJ&pg=PA315 
  6. ^ Rudelson, Justin Jon (1997). “Chapter 6: The Future of the Uyghur Past”. Oasis Identities: Uyghur Nationalism along China's Silk Road. Columbia University Press. p. 159. ASIN 0231107862. ISBN 9780231107860. NCID BA37177281. LCCN 97-11066. OCLC 1055639448. https://books.google.com/books?id=MT2D_0_eBPQC&pg=PA159 
  7. ^ 田中周「改革・開放期にみるウイグル・アイデンティティの再構築について-トルグン・アルマス『ウイグル人』を中心に-」(PDF)『日本中央アジア学会報』第4号、日本中央アジア学会、2008年3月25日、18-20頁、ISSN 1880-0076OCLC 852250982 
  8. ^ 新免康「新疆ウイグルと中国政治」『アジア研究』第49巻第1号、アジア政経学会、2003年1月、37-54頁、doi:10.11479/asianstudies.49.1_37ISSN 2188-2444OCLC 984808042 
  9. ^ 【書評】『ウイグル人』トルグン・アルマス著、東綾子訳”. 産経ニュース. 産経デジタル (2020年1月19日). 2022年4月23日閲覧。
  10. ^ Тургун Алмас Хамит Хамраев訳 (1993). Уйгуры. ISBN 5615011084. OCLC 44586582 
  11. ^ Turgun Almas (2010 April 19). Uygurlar. Selenge. ASIN 9758839713. ISBN 978-9758839711. OCLC 930708727. https://www.selenge.com.tr/kitap/uygurlar/ 
  12. ^ トルグン・アルマス 著、東綾子 訳『ウイグル人』集広舎、2019年12月20日。ASIN 490421384XISBN 978-4-904213-84-1NCID BB29416497OCLC 1136689046全国書誌番号:23316697https://shukousha.com/information/publishing/7757/