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カール・ローマン・アプト
アプト式ラックレール
1895年開通のドレスデン鋼索鉄道で使われているアプトスイッチ(1985年撮影)

カール・ローマン・アプト(Carl Roman Abt、1850年7月16日 - 1933年5月1日[1])は、スイス出身の機械技術者発明家起業家である。アブトはラック式鉄道に革新的な発明を行い、アプト式と呼ばれるこの方式は登山鉄道用として世界で広く使われている[1]

目次

経歴編集

アプトは1850年7月16日にスイスのブンザン英語版で生まれた。1882年パリで在職中、常に1枚の歯車がラックレールと噛み合っているラック式鉄道を設計し、特許を取得した。この方式はドイツハルツ山地ルーベラント鉄道ドイツ語版で最初に採用された[1]。アプトはケーブルカー用に自動切り替えが行えるアプトスイッチドイツ語版を開発し、ゴルナーグラート鉄道など世界72路線の登山鉄道に採用された[1]

アプトはゴッタルド鉄道ドイツ語版の社長だった1903年に鉄道の国有化を進めていたドイツ連邦から会社の買い戻しの交渉を行っている。アプトはハノーファー大学名誉博士、フランクリン財団のジョン・スコットメダルなど数々の賞を受賞している。アプトは美術の鑑定者、支援者でもあり、1904年から1907年までスイス連邦美術委員会に名を連ね、1905年から1911年までスイス美術協会の代表を務めた。

 
アプト式鉄道の機関車の例
タスマニアのリル山鉱山鉄道5号機

余暇編集

アプトは金貨の熱心な収集者であり、興味を持って収集した金貨や金製のメダルを手放すことはなかった。アプトが収集した金貨と美術品は1933年5月1日ルツェルンで82歳でアプトがなくなった後、競売にかけられた[1]

脚注編集

  1. ^ a b c d e Herring, Peter (2000).

参考文献編集

  • Herring, Peter (2000). Ultimate Train, Dorling Kindersley Limited, London, 2000, p. 144. ISBN 0-7513-0698-3
  • Wagli, Hans G. (2005). Carl Roman Abt. In: Sieben Bergbahnpioniere. Zurich 2005. S. 23--34. Schweizer Pioniere der Wirtschaft und Technik. Bd. 81.

関連項目編集

外部リンク編集