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ジェームズ2世 (スコットランド王)

生涯編集

ジェームズ1世が暗殺されて6歳で王位に就いたが、実権はダグラス伯爵英語版一族に握られた[1][2]1449年、ジェームズ2世は自ら統治する年齢に達すると、ダグラス家と対決して、1452年2月22日には8代ダグラス伯ウィリアムをスターリング城で刺殺[3]ブレッチンの戦いなどで勝利した後、1455年アーキンホームの戦い英語版で決定的打撃を与えた[4]。その後ジェームズ2世は、スコットランドの地位向上や軍隊の強化に努めた。1460年イングランドに占領されていたロクスバラRoxburgh)城の包囲戦のさなかに、大砲の暴発により命を落とした[5][6]

子女編集

1449年7月3日、ホリールード寺院ゲルデルン公アルノルト・ファン・エフモントの娘メアリーと結婚した[7]

  • 息子(1450年、夭折)
  • メアリー(1451年 - 1488年) - 1.1467年頃にアラン伯トマス・ボイドと結婚、2.1474年に初代ハミルトン卿ジェームズと結婚
  • ジェームズ3世(1453年 - 1488年)
  • アレグザンダー(1454年 - 1485年) - オールバニ公
  • デイヴィッド(1455年 - 1457年) - マリ伯
  • マーガレット(1455年頃 - ?) - 3代クライトン卿ウィリアム・クライトンと結婚
  • ジョン(1459年 - 1479年) - マー伯

脚注編集

  1. ^ 森、pp. 190 - 193
  2. ^ トランター、p. 166
  3. ^ 森、p. 197
  4. ^ 森、p. 198
  5. ^ 森、p. 201
  6. ^ トランター、p. 172
  7. ^ 森、p. 194

参考文献編集

  • 森護 『スコットランド王室史話』 大修館書店、1988年
  • ナイジェル・トランター 『スコットランド物語』 大修館書店、1997年