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ジョージ・チャールズ・スコット・ジュニアGeorge Charles Scott, Jr., 1944年3月23日 - 2013年7月28日)は、アメリカ合衆国ミシシッピ州ワシントン郡グリーンビル出身の元プロ野球選手一塁手)。右投右打。愛称はブーマーBoomer)。

ジョージ・スコット
George Scott
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシシッピ州ワシントン郡グリーンビル
生年月日 (1944-03-23) 1944年3月23日
没年月日 (2013-07-28) 2013年7月28日(69歳没)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手
プロ入り 1962年 ボストン・レッドソックスと契約
初出場 1966年4月12日
最終出場 1979年9月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

目次

経歴編集

現役時代編集

1962年ボストン・レッドソックスと契約してプロ入り。1966年にメジャーデビューすると、いきなりレギュラーシーズン全162試合にフル出場し、アメリカンリーグワーストの152三振を喫しながらも、27本塁打・90打点の活躍を見せた。1967年も打率.304(リーグ4位)と好調だったが、1968年は打率.171・3本塁打の大スランプに陥った。

1972年にはミルウォーキー・ブルワーズへ移籍した。1973年は打率.306(リーグ2位)・24本塁打・107打点(リーグ2位)を挙げ、1975年は36本塁打・109打点で本塁打打点の二冠王に輝いた[1]

1976年からはレッドソックスへ復帰し、1977年には33本塁打(リーグ4位)を放った。

メジャーから退いた後はメキシカンリーグでプレーした。

引退後編集

2006年にレッドソックスの球団殿堂入りを果たした。

2013年7月28日に心臓発作により亡くなった[2]

2014年にはブルワーズでも球団殿堂入りを果たした。

プレースタイル編集

長打力が売りだが、三振と併殺打が多いのが欠点だった。一塁守備の評価は高く、ゴールドグラブ賞を8回受賞している[1]

人物編集

本塁打のことをTatersジャガイモ)と表現したり、愛用のファーストミットをBlack Beautyと呼んだりと、エンターテイナーの一面を持っていた[3]

詳細情報編集

獲得タイトル編集

表彰編集

記録編集

背番号編集

  • 5 (1966年 - 1975年)
  • 15 (1976年 - 1979年途中)
  • 0 (1979年途中 - 同年途中)
  • 41 (1979年途中 - 同年終了)

脚注編集

  1. ^ a b 出野哲也『改訂新版 メジャー・リーグ人名事典』言視舎、2013年、266頁。ISBN 978-4-905369-67-7
  2. ^ Michael Buteau (2013年7月30日). “George ‘Boomer’ Scott, baseball all-star, dies at 69” (英語). The Washington Post. https://www.washingtonpost.com/sports/george-boomer-scott-baseball-all-star-dies-at-69/2013/07/30/917a6ef2-f941-11e2-8e84-c56731a202fb_story.html?utm_term=.97978353e0cc 2017年12月31日閲覧。 
  3. ^ Tom Haudricourt (2013年7月29日). “George 'Boomer' Scott loved to blast 'taters'” (英語). Milwaukee Wisconsin Journal Sentinel. http://archive.jsonline.com/sports/brewers/george-boomer-scott-loved-to-blast-taters-b9964571z1-217499891.html/ 2017年12月31日閲覧。 

関連項目編集

外部リンク編集